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〜空夜side〜
「……あー、はよ。」
「……おはよ。」
部活の前、音楽室に入ると航だけ。
まだ集合時間まで20分ある。
2人だけはどうにも気まずい。
早く話してしまった方が楽なのもわかっているが、だからといってはい結論、なんて話し方をできるわけもない。
とりあえず今日は合奏だし、みんなが揃えば先に打楽器を運び込むことになるので、音楽室を合奏の形にしようと机に手を伸ばす。
「「あ。」」
航も考えていたことは同じなようで、手が当たった。
「ご、ごめん。」
「あ、いや……」
お互い無言で、黙々と机を片し、椅子を前の方だけ合奏の形にして、あとは数の分避けておいておく。
打楽器を入れる時、椅子があると危ない。
手持ち無沙汰で、今日の合奏でやる曲のスコア(*)をチェックする。
けれどペラペラと捲っているだけで、頭に入ってきているわけではない。
合唱コンも終わり、夏のコンクールに向けて本腰を入れる時期だというのに、まったく集中できていない。
(はぁぁぁもぉぉぉ!お母さん!!!!)
心の中で母に助けを求めても、頭の中の恋は微笑むのみ。
何かを言ってくれはしない。
「……なぁ、くーちゃん。」
(きた!!!!!)
心の中で動揺しまくりながらも、空夜は平然を装って振り向く。
「な、なに?」
(声裏返った!!!!)
「えっと、さ……その、昨日のことだけど……あんま意識しなくていいっていうか、いや、意識はしてほしいんだけど……えっと……」
航は言葉を選ぶようにゆっくり話しながら、視線をウロウロさせる。
「なんか、その……俺、くーちゃんのこと、友達としてももちろん好きだからさ……なんていうか、あんま気まずくなりたくないんだよ。」
困ったように笑う航を見たら、急に気持ちが落ち着いた。
空夜がはっきりと考えたことを伝えてあげないと、航はいつまでも不安なのだ。
「気まずくなるくらいなら、忘れてくれていいからさ。」
「……航、あのっ……!」
空夜が口を開こうとしたその時だった。
「おはよーございまーすっ!!」
ガチャっ、と勢いよく扉が開いて、1年生の男子がゾロゾロとみんなで入ってきた。
「あっ、赤津先輩、野田先輩、おはようございますっ!」
「おはようございます!」
「あ、お、おはよ。」
慌てて返すと不思議そうな顔をされる。
「2人して何か話してたんすか?もしかしてめっちゃ邪魔しました?!」
「いや、ちょっと曲の話してただけだから平気だよ。」
「あ、そっか。野田先輩は譜面係長ですもんね。」
「演出も係一緒ですし、話すことも多いですよね。どっちにしても邪魔したなぁ。」
「大丈夫、後でまた話せるから。」
譜面係はその名の通り楽譜を用意する係で、航はその係長。
学生指揮者の空夜とは元々よく話し合いをする。
この吹奏楽部は、全員が所属する係が3種類、2年生が担当する係が数種類あり、全員が所属するのは、演出・宣伝・装飾で、2年生が係長を務めている。
他の係についても各係に係長がおり、2年生はその中で連携を取り合っている。
譜面係はスコアの用意、各パートへのパート譜の配布、OB・OGへの楽譜の貸し出しなども行っており、かなり忙しい係でもある。
航は演出係にも入っていて、吹奏楽部ではいつも何かしら仕事を行っているイメージが後輩にもあることだろう。
空夜や光樹も演出係に所属していて、光樹は演出係長でもある。
(係の仕事被ってるから、何も不審には思われてないな……)
まさか恋愛の話をしてました、などとバレるのは面倒である。
吹奏楽部は圧倒的に女子が多い部活だ。そういったことを知られると大変なことになる。
「てか先輩たち2人で合奏形態作ってくれたんすか?!すいません!」
「いやぁ、早くついて暇だっただけだから、気にしないでいいよー。」
航がいつもの様子で後輩たちにそう言えば、申し訳なさそうにはするものの、ありがとうございます、と話は終わった。
1年生男子の中にクラリネットパートの子がいるので、航はその子と話し始め、そのうちに他の部員たちも集まりだして、部活前には結局話すタイミングを失ってしまった。
「ミーティング始めます。」
部長が声をかけるとザワザワしていた音楽室が静かになる。
いる人の確認をして、楽器を運ぶことになる。
「くーちゃんっ。どうしたー?なんか元気ない?」
「あ、光樹……そんなことないよ。」
「ちょっと疲れた?さすがに昨日遅かったよなぁ。さっきサッカー部見かけたんだけど、級長と村田も欠伸してたよ。」
「そうなんだ。」
様子を思い浮かべるとおかしくて笑みが零れた。
「木之本とか霧谷とか、かしけんとかも大丈夫かな?」
「昴流はわかんないけど、京くんとかしけんは、帰りの車寝てたよ。」
「あはは、まじか!」
「え、あの後打ち上げしたん?」
話を聞いてた理央がそう聞いてくる。
「そーそ。なんかみんな盛りあがってさ。意外と遅くなっちゃって。」
「いがーい。みんなで揃ってたあのメンバーでしょ?」
「うん。」
「なんかみんなキャラ違うよね。」
「そう?」
2人の会話を聞くのもそこそこに、空夜は航の方に視線をやる。
航は別の同級生と笑って話していて、特に変わった様子もない。
朝のやり取りでは、きっと航に誤解をさせている。
空夜は決して、嫌なわけでは無い。
ただ、こんな風に迷うことは初めてで、どうしたらいいかわからないだけなのだ。
(……大丈夫、部活終わってから話そう。航になら分かってもらえる。)
よし、とひとつ気合を入れて、今は部活に打ち込むことにした。
*スコア:総譜。演奏に使われる全ての楽器の譜が記載されているもの。
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