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*過去時系列
「木之本さん、これで3度目ね……」
「すごくショック受けてたわよね。大丈夫かしら……」
心配そうに話す看護師たちの声は、病室の明希にも微かに聞こえていた。
ベッドの上で休んでいると、何も考えていなくても涙が零れた。
(また、守ってあげられなかった。)
器官ができて、妊娠がわかって、慎重に経過を観察していたのに急に出血して流産した1回目。
医者からはあまり落ち込まないようにと言われた。器官が丈夫でも、女性であっても、流産は少なくない。
妊娠初期の流産は、子どもの発達に異常があることが多いためだという。
そう言われても、落ち込んだ。
できるだけ器官の機能を高めるために、治療にも通った。
食生活にも気を使った。
翔也も一緒に頑張ってくれた。支えてくれた。
そして2回目の妊娠。
今度はきっと大丈夫。そう思ったけれど、また流産した。
不安やストレスも大敵だから、心配しすぎないでと医者からは言われた。
妊娠は問題なくできている。だから大丈夫ですよと言ってくれた。
そう言われたって、落ち込んだ。
自分が悪いのではないか。
もっと気をつけていれば。
もっと体が強ければ。
薬への適応が良ければ。
もっと、もっと、もっと。
悩んで、もがいて、翔也に当たってしまったこともあった。
それでも翔也は優しく寄り添ってくれた。
2人で頑張った。
周期を把握して、妊娠しやすい時期を狙ってセックスした。
体は冷やさないように。食事はバランよく、量もちょうどよく。
たまにはご褒美に好きなものを。
ストレスを減らして、気持ちを落ち着かせる。
今回、3回目の妊娠。
お腹にいてくれた時間は、一番長かった。
(赤ちゃんは頑張ってくれたのに、俺が頑張れなかった。俺のせいだ。俺が守ってあげられなかった。もっと頑張ってたら、もっと気をつけてたら、もっと……)
グルグル巡る思考は、俺が、もっと、ばかり。
溢れる涙は伝って、枕を濡らす。
視界を歪める。
「ごめんね……ごめんねぇ……」
お腹を抱えて、そうこぼした。
「明希ちゃん。」
少し寝ていた。
目が覚めると、翔也が隣で手を握ってくれていた。
「また、だめだった……」
「……うん。」
「また、できなかった……」
「うん……」
「まもって、あげられなかったの……また、俺が、がんばれなかったからっ……」
「違うよ。頑張ったよ。」
「おれがだめだから、おれのせいで、おれがもっと……」
「ううん、そんなことない。ダメじゃないよ。明希ちゃんのせいじゃない。すごく頑張ってるよ。」
ぎゅーっと抱きしめられて、体温が移る。
温かい。
「明希ちゃんは、ずーっと頑張ってるよ。赤ちゃんだってわかってるよ。ママのところに来れなくてごめんねって、思ってるよ。赤ちゃんも頑張ったし、ママも頑張った。それでもダメな時もあるんだよ。誰のせいでもないんだよ。」
「おれは、お母さんに、なれない……」
「明希ちゃん……そんなことないよ、また一緒にやれば……」
「なれないよぉ……」
泣きじゃくる明希を見て、翔也は決めた。
子どもを諦めさせよう。
翔也は、明希がいたらそれでよかった。
子どもを欲しいかどうかときかれたら欲しかったけれど、それでもよかった。
明希が苦しむくらいなら、これ以上傷つくなら、もう構わなかった。
「ねぇ、明希ちゃん……」
俺たちは、2人で家族になろう。
*
流産してから、1か月が過ぎた。
母、菜々子と待ち合わせているカフェの向かいに公園があって、明希はずっとそこを眺めていた。
楽しそうに走り回る子どもと、それを見ている親。
いいなぁ、可愛いなぁ、羨ましいなぁ。
そんな感情とともに、どうしてあの人たちだけ、どうして自分にはできないんだろう、そんな感情も過ぎった。
「明希、お待たせ……明希っ?!」
「お母さん?」
「どうしたの、大丈夫?」
そっと頬を撫でられて、自分が泣いていたと気がつく。
恋や千秋、楓も、気分転換にと連れ出してくれるのにいつもこうだ。
泣いて、周りに心配をかけて、気まずい空気にする。
「お母さん……」
「うん?」
「どうしたら、辛くなくなる?どうしたら、次に進める?どうしたら、他の親子を妬まなくなる?どうしたら、妊婦さんにイライラしなくなる?どうしたら、俺は、嫌なやつじゃなくなる?」
「明希、おいで……」
抱きしめられても、辛い。
慰められても、進めない。
心配されても、妬ましい。
友達にだって、イライラする。
どうしたって自分は嫌なやつだ。
「傑に、楓に、おめでとうって言えないの。恋の子どもに可愛いねって言えないの。」
「言わなくていいのよ。辛かったら会わなくたっていい。あの子たちはわかってくれるわ。」
仲のいい友達の妊娠も出産も嬉しいはずだった。
いや、実際嬉しい。
けれど心のどこかで、ずるいと思っている。
そんな自分が嫌だった。
こんな自分だから、流産するのだと思った。
なにもかも嫌で、なにもかも妬ましい。
辛い、悲しい、しんどい。
他にもこんな思いをしている人がいると頭ではわかっていても、心では自分だけが辛いように感じる。
「……ねぇ、明希。しばらくお父さんの別荘に行ってきたら?」
「……別荘?」
「そう。お仕事のことも、周りの友達のことも何も気にせず、翔也くんと2人だけで。」
「でも、翔也さんのお仕事は休んで欲しくない……」
「大丈夫よ。お父さんとお母さんで翔也くんは送り迎えするわ。そこまでここから離れていないし。ね、どう?翔也くんにはお母さんから話すわ。どうかしら?行ってみない?」
日常から離れられるなら、なんだって良かった。
明希はここから逃げ出したい一心で頷いた。
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