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「うわぁ、綺麗……」
「おぉぉ……都会にはない景色だね。」
翔也と2人でやってきた別荘は、周りが緑に囲まれていて、静かで空気の美味しいところにあった。
「明希ちゃんと2人きりでいっぱいイチャイチャできるね。」
「ふふ、翔也さんはお仕事あるでしょ。」
「あぁぁぁ、俺は休んでもよかったのになぁ。」
「だーめ。俺は翔也さんの仕事してるところ好きなんですー。」
「そう言われちゃうと頑張らないとなぁ。」
後ろからぎゅーっと抱きしめられて、翔也に背中を預ける。
「翔也さん。」
「んー?」
「俺が嫌なやつでも、嫌いにならない?」
「えぇ?明希ちゃんのどこが嫌なやつなの?」
「最近ずっと……嫌なやつになってる……」
「そうかなぁ?そんなことないし、もし嫌なやつでも俺は今の明希ちゃんも大好きだから関係ないよ。」
「うん……」
「それにさ、ここでゆっくり休んだら、その明希ちゃんの思う自分の嫌なところも整理できるかもしれないよ。今はなーんにも考えないで、ゆっくり休もうよ。ね?」
ニッコリ笑った翔也が明希の顔を覗き込む。
その笑顔を見ると安心した。
*
別荘に来てから、1ヶ月が経とうとしていた。
ゆったりした時間の流れと、たまに電話をするだけの恋たちとの距離感がちょうどよく、明希は気持ちが落ち着いてきているのを感じた。
最近では少し寂しくなって、恋に頼んで春陽たちが遊んでいる声を聞かせてもらったりもしている。
明希にとって1番大きかったのは、千秋の存在だった。
千秋は自分と同じように不妊で悩んでいたから、相談もしやすかった。
千秋は決して明希を責めたり怒ったり、バカにしたりしなかった。
もちろん、恋たちだってそんなことをしないのはわかりきっている。
明希の気持ちの問題だった。
千秋に聞いてみた。
羨ましく思わなかったか、妬ましくなかったか。
自分だけがそんなことを思っていて、嫌なやつなのではないか。
泣きながら電話で話して、きっと聞き取りにくかったし、話も支離滅裂だっただろう。
それでも千秋は優しく相槌をうって、最後までじっくり話を聞いてくれた。
そして教えてくれた。
千秋も周りが羨ましい時期があったこと。
ずるいなぁと思ったことがあったこと。
けれど紘と話し合って、子どもを産むことを諦めたら気持ちが楽になったこと。
もし子どもが欲しければ、養子をとるということもできる。
紘は千秋の気持ちを尊重すると言ってくれたから、無理に子どもを引き取らなくても、たくさん引き取ってもいい。
周りのことは周りのこととして受け止められるようになったという。
『明希が流産したって聞く度に心配してたんだけど、余計なことは言わない方がいいかと思って何も言わなかったんだ。でも、それが結果的に明希を追い詰めてたね。ごめんね。』
優しい千秋はそう言ってくれた。
ありがたいことに、恋たちは何も言わなかった。
明希にとってそれは、1番ありがたいことだった。
心配されても、問い詰められても、きっと明希はイライラしてしまった。そして自分が嫌になった。
だから、たまには連絡くらいくれとだけ言って、他には何も言わずに送り出してくれてよかった。
「……うーん、でも、今日は何をしようか。」
そろそろ別荘でやることもなくなってきた。
元々明希は子どもが好きだし、恋の子どもたちと遊ぶのも楽しかったから、普段はそういうことばかりしていた。
仕事は在宅で時間に融通もきくし、子育てに奮闘して疲れきっている恋を少しでも楽させようと手伝っていたことも多い。
それが突然に全部なくなったのだ。
必要なことだったとはいえ、落ち着いてくると急に暇である。
「散歩でもしようかな。」
ふらりと外に出て、ゆっくり歩く。
ほんのり温かい日差しが心地よかった。
十数分歩いて、そろそろ引き返そうかと思った時だった。
「おかぁさん、おかぁさぁぁん、うわぁぁぁん!」
泣きわめく小さな子を見つけて、明希は慌てて駆け寄った。
「どうしたの?迷子になっちゃった?」
「ひっく、うぅん、ちがうの……」
「お母さんとはぐれちゃったのかな?」
「ちがうの、おかあさんにあいたくなって、ここにきたの……」
目を真っ赤に腫らした小さな子は、花を持っていた。
「おかあさんはね、おそらにいっちゃったの……」
(亡くなってるんだ……!もしかしてここで……?)
少し大きな道路もあるし、交通事故かなにかだったのかもしれない。
「なかないって、きめて、ここにきたの……でも、ここにきたら、あいたくっ、なったのっ……」
「っ、そっかぁ……俺もね、子どもがお空にいるんだ。」
「おにぃさんは、おかぁさん?」
「……ううん。お母さんになれなかったんだ。」
近くのベンチに子どもを座らせて、自分も隣に腰かける。
「おかぁさんに、なれないの?でも、ぼくのおかぁさんも、おとこのひとだったよぉ……?」
「ふふ、性別は関係ないんだよ。俺が、君のお母さんより未熟なの。」
「みじゅ……?」
「難しかった?うーん、まだまだ見習いさんってことかな。」
「みならいさん……?おかあさんになる、れんしゅうしてるの?」
「うーん、練習してたんだけど……なれないんだぁ。」
「むずかしいけど、おにいさんは、おかぁさんににてるよ!」
にぱっと笑った子が花を差し出す。
「これあげる!」
「えっ?!でもこれ、お母さんに持ってきたんじゃないの?」
「うーん、そうだけど……おにぃさんもおかぁさんだし、おかぁさんが、ひとにはやさしくっていってた!あとね、いまのおかぁさんもね、かなしんでるひとにはやさしくっていってた!」
「今のお母さんは好き?」
「うん!だいすき!やさしくて、おかぁさんのこともだいじにしてくれるの。このおはなもね、いまのおかぁさんがくれたんだよぉ。いまのおかぁさん、そこでまってるの。」
指さした少し先の方に車が1台止まっている。
「……ふふ、そっかぁ。ありがとう。とっても優しくていい子だね。」
「えへへ、おかぁさんにほめられるかなぁ?」
「うん。お母さんも今のお母さんもたくさん褒めてくれるよ。」
「うん!さびしいけど、もういかないと……おかぁさんにはね、またあいにくるんだ!」
すっかり笑顔になった子が元気に走っていく。
女の人が車から出てきて、迎えにきていた。
「おにーさーん!おかぁさんになってねー!」
大声で叫ぶ子と、ペコペコ頭を下げる女の人。
明希も軽く頭を下げて、花を持って別荘に歩き出す。
「お母さん、か……」
自分が産んだ子どもだけではない。
「母」を必要とする子はたくさんいる。
明希は、もう少し「母になる」ことについてじっくり考えてみることにした。
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