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〜明希side〜
急な腹痛で病院に行くと、元々弱かった妊娠器官に病変が見つかった。
幸いにもガンなどではなく、いわゆる炎症だったが、あまりいい状態ではなく器官ごと摘出した。
明希は、これでよかったと思っていた。
もう自分の子を産むということに未練はない。
しかし出来上がったものを取り除くというのはそれなりの負担で、しばらくは安静にということになり、その間はまつみや院に行くことはできなくなった。
その旨を翔也からあの男の子にも伝えてもらったのだが、どうやらその時から、翔也だけでも会ってくれるようになったらしい。
(随分仲良くなったみたいだったよなぁ。)
翔也から話には聞いていたし、手紙でやり取りもしていたのでなんとなく把握しているが、翔也とかなり打ち解けたようだった。
お父さんになったら、なんて話もしているようで、明希が行かないうちに少しずつ距離が縮まっていた。
そして今日。
明希もやっとまつみや院に行ける状態になったので、午後から行くことにしていた。
翔也は仕事が休みで、午前中から先に行っている。
「あっ、明希!体は大丈夫?」
院についてすぐ、エントランス付近で仕事をしていた楓が気がついて走ってきた。
「うん、大丈夫だよ。心配かけてごめんね。結構前から元気は元気だったんだけど、先生が動くなってうるさくてね。」
「そうだったんだ。ふふ、星くんと翔也さんがいつもの部屋で待ってるよ。」
楓にそう言われて、千秋に声をかけてから部屋に向かう。
ドアを開けると2人はくすくす笑いながらテーブルの上の何かを見ていた。
「お待たせ。」
「あっ、あきだ!」
ぱっ、と振り返った男の子が走ってきてぎゅっと足に抱きつかれる。
「もうおやすみしなくてへいき?」
「うん、元気だよ!心配かけてごめんね。」
「へいきだよ。しょうやが、あきはげんきだけど、おやすみしなきゃいけないっていってた。だからね、あきがげんきなのはしってた!」
「ふふ、そっかぁ。2人で何してたの?」
「あ!えへへ、あきにね、ぷれぜんと。」
「プレゼント?」
翔也の方に行った男の子が、何かを後ろ手に持って戻ってくる。
「じゃーん!」
見せてくれたのは、小さな花束だった。
しかし買ったものではなくて、育てていたもの。
「作ってくれたの?」
「うん。しょうやにね、らっぴんぐ?もってきてもらって、おれがつくったの。」
「すごく嬉しい!ありがとうね。」
「えへへ。」
嬉しそうに笑う男の子に、随分表情が豊かになったなと思う。
「……あのね、あのね。」
「うん?」
花束を眺めていると、くいっとズボンを引っ張られた。
「おはなし、したい。」
「うん、なぁに?」
「かぞくの、はなし。」
先程までの笑顔ではなく、少し不安そうな顔。
それを見て、明希は翔也の方を見る。
しかし翔也もこの話は聞いていないようだった。
「座って、ゆっくりお話しよう。」
「うん。」
椅子に座るように促すと、翔也の前に座った。
明希が来るまでは隣に座っていたのに、わざわざ前に座ったのを見て、明希は翔也の隣に行った。
「俺は外に出てようか?」
「……ううん、しょうやもきいて。」
なかなか話し出せない様子を見て、翔也が立ち上がろうとしたが男の子に止められて座り直す。
「あのね……」
うまく言葉が出てこないのか、視線を彷徨わせて、口を開いたり閉じたりしている。
翔也も明希も、じっと言葉を待った。
「おれ、あきにおかあさんになってほしい!しょうやにも、おとうさんになってほしい……えっと、その、だから……」
意を決したように話し出して、けれどだんだんと声が小さくなっていく。
明希は翔也の方をバッと見た。同じタイミングで翔也もこちらを向いていて、2人は顔を見合せた。
自分たちを選んでくれた。
この子から。
2人は立ち上がって、俯いている男の子を両側からぎゅーっと抱きしめた。
「家族になろうね。3人で。」
明希がそう声をかけると、小さな手が、翔也と明希の洋服を掴んだ。
掴んでくれた。
「うん……うんっ……」
「俺たちを選んでくれてありがとう。」
頷く男の子に、翔也がさらにそう言った。
「おれのこと、すてないでねぇ……」
震える声でそう言われて、明希は思わず涙を浮かべた。
言葉を紡いだら涙がこぼれそうで、けれどそんなことしないと伝えてあげなければならないという思いもあって、明希はただ、強く抱きしめた。
「絶対しないよ。ずっと一緒にいようね。ずっとそばにいるよ。」
明希の代わりに、翔也がそう言ってくれた。
「あのねぇ……おれのなまえはねぇ……」
*
『すばるっていうの……!』
泣きそうな顔で笑いながら、翔也と明希を見上げてそういったのを見た時、この子の母親になろうと決意した。
何があっても味方でいてあげよう。
叱る時があっても、道を間違えることがあっても、帰る場所になろう。
いつまでも見守っていよう。
できるだけ好きなことをさせてあげて、できるだけ笑って過ごせるようにしてあげよう。
自分ができることは、なんだってしよう。
そう、思ってきた。
けれど今はどうだろうか。
昴流は笑って過ごせていない。
翔也と上手くいっていないから、だなんてそんなのは言い訳だ。
翔也と明希と、2人であの子の『唯一』になると決めた。
明希はまだ、昴流の『おかあさん』になれていないのかもしれない。
あの子が求める『おかあさん』に。
幸せにしてあげたい、なんてそんな大層なことは言えない。
ただ、3人で幸せになりたい。
一緒に、助け合って、支え合って、『家族』になりたかった。
「家族に、なれないのかな……」
未だ開かない2つの扉。
なんだかいつもより、部屋の距離が遠い気がした。
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