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(あ、またいる、椿先輩……)
『椿先輩』と呼んでいる彼の名前を、優雨(ゆう)は知らなかった。
図書室の隅の席か、カウンターの横のスペースに座り込んで眠っている、1つ上の男の先輩。
最初に優雨がその存在に気がついたのは、1年生の10月のことだった。
よく晴れた秋の日、その人は本の貸出カウンターの横に座り込んで眠っていた。
サラサラした金髪が、西日に照らされてキラキラしていたのを、優雨はよく覚えている。
青いラインが入ったネクタイと上履きは、1つ上の2年生のものだったから、彼が先輩だとわかった。
そしてその先輩が持っていた本が、『椿姫』だったのだ。
(だから椿先輩……なんて、安直だなぁ。)
そんなことを思いながら、優雨はカウンターのパソコンを操作する。
今日は図書委員の当番だった。
1年生から続けていて、2年生に上がった今でも図書委員になった。
図書委員になれば、仕事、として図書室に来てたくさんの本に触れることができる。
もっとも、優雨は図書委員の当番がない日も毎日図書室に来ているのだけれど。
本を借りていく人は少ない。
この場で読んでいくか、勉強している人が図書室利用のほとんどだ。
当番と言っても、読書しているか勉強しているかで、優雨はいつもお気に入りの本を見つけては当番の時に読んでいた。
「すみません、貸出お願いします。」
「あ、はいっ。」
この図書室での本の貸出は、パソコン管理とカード管理の併用だった。
バーコードをスキャンしている間に、生徒にはクラスと番号、名前をカードに記入してもらう。
今回もその手順を踏んでもらって、問題なく貸出を行った。
それ以降、本を借りる人はおらず、貸出終了時間の17時になり、優雨はパソコンの電源を落とした。
図書室の閉館はもう少し後で、自習生が残れる19時まで開いている。
優雨はもう帰ってもいいのだが、当番の日はいつも19時まで自習するか、本を読んでいることが多かった。
最後までいるのは、優雨と、今も寝ている『椿先輩』だけである。
いつもは1人でなにか始めるのに、この日は『椿先輩』をじっと見つめてしまった。
長いまつ毛に、綺麗な鼻筋、形の整った唇。
すごく綺麗だと思った。
「そんなに見つめられたら穴があいちゃうよ。」
「ひぇっ?!」
図書室だと言うのに大声を出してしまった。
慌てて周りを見回すが、図書室には自分と先輩だけだった。
「君は毎日図書室に来てるの?」
「へっ、ぁ、そ、そうですっ……」
目を開けてこちらを見られて、優雨は視線を逸らした。
先輩が起きているところは、帰る時しか見たことがないから、顔をしっかりと見るのは初めてだったのだ。
「せ、先輩も、いつも来てますよね……」
「うーん、そうだね。ここ居心地いいから。夏は涼しくて冬は暖かいでしょ?」
「そ、ですね……」
てっきり本が好きなのかと思っていた。
眠っているとはいえ、いつも本は手にしているのだ。
今日は一『ハムレット』
オペラや演劇が好きなんだろうか。
「静かだし、眠るのにもちょうどいいよね。」
「あのっ、椿先輩は、本が好きなわけでは、ないんですか?」
思い切ってそう聞いてみる。
先輩の方を向いても、優雨の長い前髪で、優雨の顔は見えないだろう。
「椿先輩?」
きょとん、とした顔をした先輩に、しまったと思った。
『椿先輩』は自分が考えた、いわばあだ名のようなもので、本当は違う名前なのだ。
「あっ……えっと……最初に先輩を見つけた時、椿姫を読んでたので……それで……」
「……あっはっはっは!椿先輩?俺が?随分と高貴なあだ名になったねえ。」
「ごめんなさい……あのっ、お名前……」
「いいよ、『椿先輩』で。」
先輩はなんだかとても楽しそうに笑っていて、優雨は結局、本当の名前を聞きそびれた。
「おっと、もうこんな時間だね。今日は俺もう帰らないといけないから。また今度話そうね、わたあめちゃん。」
「わっ、わたあめちゃん?」
優雨が謎の呼び方に首を傾げるも、先輩はヒラヒラと手を振って、図書室を出ていってしまう。
「わたあめちゃんって、なんだ……?」
優雨はその後1人で、悶々とそれについて考え続けたが、閉館時間になっても、答えは出なかった。
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