アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
3
-
また約一時間半かけてやっと辿り着いた玄関を開ける。誰もいない、広い家はとても静かなのに今朝散らかしたせいでリビングだけは生活感溢れている。脱ぎ捨てたままの服やらを洗濯し、一通り片づけた後ソファの上で一息つく。そういえば依兎に連絡をしないと、そう思って取り出したスマホには両親からのメッセージが何十件も溜まっていた。その通知を上書きするようにちょうど依兎からのメッセージを受信した。俺はその時彼の名前の漢字表記を初めて知る。「いう」の名前に兎の文字が入っていることに初めて気が付いた。
『依兎だよ。よろしくね』
簡素な文の後、可愛らしいうさぎのスタンプが送られてきた。これは彼の名前から由来しているのか、それとも俺がうさぎを好きだと言ったからなのだろうか。我ながら女々しい考察を一旦やめて返信を考える。
「今日は色々失礼なことしてごめん。あと、ハンカチ貸してくれてありがとう。嬉しかった。こちらこそよろしくお願いします」
直接会話するときほどではないが、文章を送るのは少なからず緊張する。5分くらい文字を打っては消してを繰り返してやっと送信する。固い文章にならないように気を付けたのに油断して最後の文が敬語になってしまった。スタンプなんて滅多に送らないから可愛いのなんて持っていなくてどうしようか迷っていると既読が付く。彼から返信が来た時にすぐに既読がついたら変に思われるかもしれないと思って慌てて両親のメッセージに画面を切り替える。
先月、海外へ異動が決まった父に家族全員で海外に引っ越さないかと提案されたが二次募集で受験した高校の合格が決まったばかりだったから海外の高校の入試のことなんて考えたくなかったし、ただでさえ内気で人見知りな俺が日本語の全く通じないところで上手くやっていける気がしなかった。そんな暗い理由で父の誘いを断ったが父はそんな俺を怒るわけでもなく意見を尊重してくれて、それなら遠いところから全力でサポートするとまで言ってくれた。母は俺が日本に残ることが最後まで気掛かりのようだったが俺は父と一緒にいる母が好きだから、母は父と一緒にいてほしいと言うと、母は愛する父と一緒に海外へ移住することを決めた。だけど向こうへ移住して一週間で俺を心配して日本に帰国した母のことを思えば、俺も向こうに行ったほうが良かったのかもしれないと少し後悔していた。
そんな両親に今日、入学式に遅刻したことをなかなか言えずにいると突然母からテレビ電話が掛かってくる。思わずソファから起き上がり、心の準備もできないまま通話を開始する。
『季長くん!元気?今日入学式だったんでしょ、どうだった?もう、ママ心配してるのに全然返信してくれないんだからぁ』
相変わらずのテンションで話し始める母の声にほっとする。因みに俺は母のことをお母さんと呼んでいるが、響きが可愛くないという理由で自分のことをママと呼んでいる。そんな陽気な母も、さすがに俺が遅刻したことを知ったら怒るだろうか…恐る恐る、今日起こったことを話していく。
「あの…、実は今日寝坊しちゃって入学式終わった後のLHRしか出られなかったんだ」
あの眩しい笑顔が、いつ怒った顔に変わるか怖くて話している間画面を見られなかった。正直に話した後やっと見た画面に映るお母さんは俺が思っていたのと全く違う表情をしていた。
『えぇっ、偉いじゃない!途中からでもちゃんと学校に行ったのね。ママだったら入学式間に合わない時点で二度寝しちゃうなー』
底抜けに明るい母の性格をこの数週間で忘れていたわけではないが、ここまでだとは思っていなかった。そういえば俺がいきなり金髪にしたとき、茫然とする父の隣であなたはもう少し黄味が強いほうが似合うとアドバイスをしてくれたことがあったっけ。拍子抜けしてしまった俺は思わず笑ってしまった。
「そこは怒るところじゃないの。俺寝坊したんだよ?」
『もう過ぎちゃったことはしょうがないじゃない、それより学校楽しかった?先生はどんな人?」
「先生はすごく良い人だと思うよ、優しいけど俺にちゃんと遅刻欠席のときは連絡してって指導してくれたし。俺、慌てて電車に乗ったから電話するの忘れてたんだ」
『ふふ、相変わらず季長くんっておっちょこちょいなのね。先生が良い人そうで良かったわぁ。お友達は出来た?高校に中学校の同級生の子たち一人もいないから…ママ心配なのよ』
「前の席の子と連絡先交換したんだ、他の人とはまだ全然話してないけど…」
『あら、良いじゃない。きっと周りの子たちも季長くんのことをよく知ったら季長くんと仲良くしたいって思うはずよ』
「うん…、ありがとお母さん」
『はぁ、でも季長くんがいなくて寂しいわぁ…きっと今月中にもう一度日本に戻るわね』
「そ、そんなに帰ってきて大丈夫なの?」
『ふふ、ママのへそくりで美味しいもの食べようね。あ、そういえば今日の晩御飯どうするの?疲れてたら出前頼んでもいいからね』
「ううん、大丈夫。さっき買い物行ってきたし、今日は自炊するよ」
『あぁ、季長くんはきっと良い旦那さんになるわね…。ねぇ、恋人ができたらこっそりママに教えてね』
「はは、そんな報告が出来たらいいけど」
『季長くんすっごく背が高くてスタイル良いしお顔もパパに似てかっこいいし絶対モテるのになぁー、季長くんと一緒に歩いてたらみんな二度見してるもの』
「いやいや、それはお母さんのこと見てるんだよ」
『えっ、もしかして私季長くんの彼女だと思われてたのかしら!あーもっと髪巻いておしゃれしていればよかったぁ』
若い頃モデルをしていたお母さんはもうすぐ40歳とは思えないほど若々しくて綺麗だと思う。母はそれを自覚しているし何となく気恥ずかしくて直接綺麗だと言ったことはないけれど…。母と歩いていると視線が集中して、目立つのが苦手な俺は母と買い物に行くのが嫌だと思っていた時期もあったけれど、こうして一緒に居ない今、一人で買い物をする寂しさを知った。
「お母さん、綺麗だから。…だから、みんな振り向くんだよ」
『季長くん…!』
普段言えなかったことを小声で言うと、それをしっかり聞き取ったお母さんが急に泣きそうになるから俺は慌てて話を変える。右上に小さく写っている俺の顔は真っ赤だった。
しばらく話しているとあっという間に外は暗くなっていた。
「…じゃあ、そろそろ晩御飯作るから」
『うん、季長くんまたね』
「ん、またね」
『愛してるわよ』
うふふ、と笑いながらお母さんが通話を終了する。相変わらずな母に元気をもらった俺は料理をするためにキッチンへ向かった。
ーーー
夕食を食べ終えてスマホを見てみると、一時間前くらいに依兎からメッセージが来ていた。
『季長ってすごく真面目だよね。…って、思ったけど高校初日に遅刻してきてたんだった。県外から通ってるっていってたけどどれくらいかかるの?』
不思議そうな顔をしたうさぎのスタンプと共に送られてきたメッセージに慌てて返信する。それから恐らく一時間くらいずっと彼とメッセージのやり取りをしていた。俺が家から高校まで片道一時間半近くかかるのに対して依兎の家からは五分で学校に着くことや、彼には双子の弟がいること、容姿が理由で小さな頃から兄弟共に男子からいじめられることが多く、依兎は弟の分までいじめっ子を撃退しつづけて弟を守ってきたらいつの間にか二人で孤立してしまったらしい。
きっとこの過去が原因で他人の視線に敏感になってしまったのだろう。もしかしたら人間不信のような部分があるのかもしれない。そう思ったのは放課後、担任の西野先生があの自己紹介のときのクラスメイトのリアクションを気にかけて依兎を探してわざわざ話しかけにきてくれたとき、明らかに依兎の表情が強張ったのが引っ掛かった。
でも、それにしては俺には普通に話し掛けてくれるから、ただ単に先生に話しかけられたことにびっくりしただけかもしれない。
彼の文章からは双子の弟をかなり可愛がっている様子が窺えた。一卵性双生児で見た目はそっくりだが性格は全然違うらしい。でも学校では依兎の弟らしい人物は見当たらなかったので、依兎に今日は一緒に行動していなかっただけなのか聞いてみると、弟を守ることに必死でなかなか友達も作れなかった依兎に高校では穏やかに過ごしてほしいと、弟は別の高校に進学したらしい。それでも心配な依兎は同じ高校に通おうと何度も言ったが、弟は自分自身の成長のためでもあるからとそれを断ったらしい。兄離れしていくのが寂しいのだろうか。親離れした身で心配をされている側の俺からは何も言えなかった。
依兎の家族のことや中学校のこと、色んなことを聞いていたらあっという間に遅い時間になってしまっていた。明日も寝坊するわけにはいかないので切り上げのメッセージを送る。
『季長のこと聞きたかったのに僕のことばっかりになっちゃった。明日は季長のこと聞かせてね。おやすみなさい』
ベッドの上できちんと布団をかけて眠るうさぎのスタンプ付だ。どこでこんな可愛らしいスタンプを見つけてくるのだろう。俺はさっき手にいれたばかりの別デザインのうさぎのスタンプを送る。慣れないことをしたら間違えて二回送ってしまった。あまりの恥ずかしさにスタンプを買ったことを後悔したけれどうさぎが可愛いので気にせず俺も布団をかぶって眠りについた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
3 / 6