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あの幸先の悪い入学式から約3ヶ月。梅雨に入りずっと雨が続くなか、今日は珍しく晴れていた。
朝6時に1分も寝坊することなく起きて身支度を始める。冷たい水で顔を洗ってから寝ぐせだらけのぼさぼさの黒髪を何となく整える。黒髪の自分にようやく少し見慣れてきた。俺が卒業した中学校は全体的に荒れていて教師も生徒の更正を諦めていたから校則なんてあってないようなもので、何も言われないのをいいことに馬鹿みたいにずっと金髪でいたからそれが普通のようになっていた。こんな見た目の俺を中学校の同級生が見たら何と言うだろうか。いくつもあいている耳のピアス穴が見えないように髪で耳を隠す。もう新品とは言えなくなった鞄に教科書を詰めて、筆箱の中身もチェックする。よし、完璧だ。
家を出る前にハンカチとティッシュをそれぞれポケットにいれてスマホで電車の時間を調べようと手に取ると、数時間前の依兎からのメッセージが通知されていた。昨日の返信だ。あれから、俺らは寝る前にメッセージのやり取りをするのが日課のようになっていて、メッセージでの会話にはだいぶ慣れてきた。学校で直接話すときも前よりどもらなくなったし声が小さくて聞き返される回数もかなり減った。それでもメッセージのほうが饒舌で、実際でもこれくらい自然に話せたらいいのになんて思う。
いつも通りの電車に乗る。最寄り駅の二つ先が終点だからどの時間帯でも満員になることはないが、この時間帯は一人も乗っていない。俺だけを乗せた電車が走り始め、端っこの席に座る。向かいの窓からは海が見える。俺の家からは歩いて10分もしないくらいで行けるその海は小さい頃から知っているのにこの景色を見るといまだに感動する。朝日に照らされてキラキラしている海面をしばらく眺める。そういえば前に、依兎が海を一度も見たことがないと言っていたのを思い出して向かい側の座席に座り直し、窓から海の動画を撮った。そのまま送ろうと思ったが海を見た依兎のリアクションを直接見たくなったので、送るのをやめた。
家を出てから約一時間半が経ち、やっと学校に辿り着く。今日は晴れたから、グラウンドからは朝練に励むサッカー部や野球部の声が聞こえてくる。高校では何となく部活に入らないままでいたけれどまたバスケをしたいな、なんて思いながら昇降口へ入る。
まだ誰も登校していないのか、下駄箱はほとんど内履きが仕舞ったままだった。だけどよく見ると依兎の下駄箱にはすで外靴が収まっている。俺は電車の都合上いつもこの時間に登校しているが、依兎は学校からかなり近いところに住んでいるのにいつもかなり早く登校している。朝、誰もいない教室で二人で話している時間が楽しいから理由を何となく聞き出せないままでいた。
教室にいるであろう依兎に真っ先に海の動画を見せようと思いながら教室に入るが、そこには誰一人いなかった。トイレかどこかに行っているにしても机の周りには荷物すらない。俺はとりあえず自分の席に鞄を置くと、なんとなく窓の外を見る。すっかり葉桜になってしまった木が風に揺れるのを眺めていると校舎と普段立ち入ることのない別館を繋ぐ渡り廊下の端で、数人の生徒が誰かを囲んで話しているのが目に入った。朝から何をしているのだろうか、不思議に思って観察していると彼らの視線の先に見覚えのある頭が窓から少し覗いているのが見える。その瞬間、血の気が引いた。何かと巻き込まれがちな俺の経験則からしてあんな人通りの少ないところで4、5人の男子生徒が一人の生徒を囲んでいるのは穏やかじゃない。
何をしているかを推測するよりも先に俺は廊下を飛び出して彼らがいるところまで走った。できれば俺が想像しているような展開ではないことを祈る。
聞き覚えのある声が、何やら必死に抵抗している。渡り廊下につながる角を曲がると、数メートル先に上級生と思われる男が男子生徒の腕を掴んでいるのが見えた。その腕を掴まれた男子生徒は、俺が高校でできた初めての友達だった。あぁ、なんだ、想像通りか。実は告白をしているところだったとか、そんな平和的なオチを期待していたんだけれど。嫌な勘ほど、よく当たるものだ。
「そっちがぶつかってきたんじゃないですか、それに僕はちゃんと謝りましたよね、もう離してくださいっ」
「もういいから黙れよ」
「い、依兎っ!」
間一髪、知らない男が腕を振り下ろす直前に声をかける。綺麗な顔に似合わない鋭い眼差しで5人の男たちを睨みつける彼は、俺に気が付くと一瞬泣きそうな表情をした。
「は?誰だお前」
腕を掴んでいる男が低く、そう呟く。
「何してるんですか」
「お前に関係ないだろ」
「依兎に触らないでください」
本当は、死ぬほど怖くて震えそうな手を握り締めて耐えていた。声が裏返らないように、慎重に声を張る。渡り廊下には俺らの声がやたらと響いた。腕を掴んでいるやつの取り巻きが、俺に近づいてくる。
「え、何?お前こいつの知り合いなの?触らないでくださいっていうかこいつが先に触れてきたんだけど」
「え?」
「こいつが俺らにぶつかってきたんだよ」
「言うこと聞いてくれたら許すって言ってんのに馬鹿だよな」
「最初は可愛がってやろうと思ってたのにこいつ性格は全然可愛くねーな…おい、ガン飛ばしてんじゃねぇよ」
畳み掛けるように話し出した他の4人の最後の一言を皮切りに、腕を掴んでいる男が再び依兎に拳を振り上げる。俺は数歩先の彼らの間に飛び込んだ。その瞬間視界が逆転して、俺の名前を呼ぶ依兎の声が廊下に大きく響く。腕の中に居る依兎が身体を痛めないように庇いながら俺は床に倒れた。
「こいつも馬鹿だな」
「えー?いいお友達じゃん」
罵倒を浴びせられながら頭に衝撃が走る。たぶん、後頭部を蹴られた。守らなければいけない相手がいるなかで喧嘩に巻き込まれるのは初めてで、中学生の頃も何かとやんちゃな友人のおかげでこういう状況に巻き込まれることはよくあったが、あの頃は金髪だったからか、生まれ持った人相の悪さも手伝ってみんな怯えて逃げていくのでこうして実際に暴力を振るわれたことはなかった。そんな喧嘩の切り抜け方をしてきたからどうしたらいいのか分からない。俺の腕の中から出ようとする依兎を必死に抱き留めて守ることしかできなかった。
「季長っ、離して!ちょっと、やめてよっ、季長のこと殴らないで!」
依兎が俺の身体を庇って立ち上がろうとするのを押さえつける。彼は誰よりも男前だけど、力は俺のほうが強くて助かった。頭に今までにない痛みを感じる。髪の毛を思いっきり引っ張られ、無理やり顔を合わせられる。
「こいつ、でかい図体のわりに喧嘩よえーな、無抵抗じゃん」
「お前もうるせえんだよチビ」
「おーい、無視してんじゃねー、よっ」
髪を掴んでいる男がもう片方の手を握りしめて俺に向かって振りかざす。顔面に来るであろう衝撃に少しでも耐えるために目を閉じた。その瞬間だった。
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