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「日向くん春田くん、どうかな。少し落ち着いた?」
「西野先生…」
西野先生に続いて姿を現したのは一年と三年の学年主任と恐らくあの五人の担任、そして教頭先生だった。依兎はまた緊張した表情でじっと俺の隣に座っていた。
「西野先生から話は聞いたよ、今回の件は、本当にすまなかったね…。いやぁ痛々しいな」
「あ、いえ、見た目ほど痛くはないので…」
先生方は立ったまま、あの先輩たちの処分についての説明をしてくれた。あの後すぐに西野先生が5人を見つけて事情聴取をしたのちに西野先生と彼らは色々と話したらしい。三年の学年主任が様子を見に行った頃にはあの不良たちは別人のように反省していて、中には自ら退学を申し出た者もいるという。あの穏やかな西野先生と彼らの間に何があったのか気になるが、逆恨みのようなことはされなさそうなので安心した。
「…ということで。とにかく、日向くん本当にありがとう。春田くんが怪我をせず、あれ以上大事にもならなかったのは君のお陰だよ」
「いえ、俺は…」
「とはいえ日向くんには怪我をさせたしまったね…。春田くんと日向くんの親御さんにこの件についてお話をと思ったんだが、日向くんのご両親はどちらも海外に住んでいるらしいね、話をするのは難しいだろうか」
「あ…、母なら明日から一週間くらい帰国する予定ですが」
普段直接関わることのない教頭先生とこんなに会話するなんて。明日、先生達から母にこの件について改めて説明や謝罪やらがあるのだろう。中学生の頃は立場が逆だったのに。
「じゃあ、もし次の授業出られそうならそのまま教室に向かってね、今日の授業担当している先生達みんなに話しはしてあるから。でも無理はしないようにね」
西野先生は俺らに再び穏やかな笑みを向けて、先生達は保健室を出た。二人きりに戻って、ほっとした。そのとき、さっきまで自分が緊張していたことに気付く。それは依兎も同じらしく隣で小さくため息をついていた。
「ねぇ」
「うん?」
「季長って、今一人暮らしなの?」
さっきの教頭先生の言葉が引っ掛かったのか、そういえば両親が海外にいることは依兎にはまだ話していなかった。
「そうだよ、父親の仕事の関係で今年の春から二人とも海外なんだ」
「季長は行かないの?」
「うん。ただでさえ人見知りなのに俺、日本語しか話せないし」
「一人で寂しくない…?」
「寂しくないよ、高校で友達もできたし」
「えっ…」
人差し指を自分に向けて首を横に傾げる依兎に、俺は首を縦に振った。じわじわと顔を赤くする依兎を見て俺は確信した。俺は、依兎のことが好きなんだ。依兎といると、胸がぎゅっと苦しくなったり、どきどきしたりとにかく落ち着かない。それなのにずっと隣に居たくなる。この感情が何なのか分かった今少しだけもやもやしていた頭がすっきりした。そうか、好きなんだ。
「良かった、季長がここに居てくれて」
「…っ」
危ない。普段口下手なくせにこういうときばっかり依兎への気持ちが高まる度に思いが口から出そうになる。俺は誤魔化すようにベッドから立ち上がった。
「そろそろ、教室戻ろうか。依兎、大丈夫?」
「うん、僕は大丈夫だけど…」
「俺も平気だよ。手当てしてくれてありがとう」
さっき西野先生に渡された保健室の鍵で施錠してから教室へ向かう。自分のクラスが近づく度に緊張する。また目立ってしまう。西野先生がある程度話をしてくれたと言っていたけれど、どう伝わっているか分からないし俺が怪我をした原因を話されたところで不良同士の抗争としか思われていないだろうな。
教室のドアの前で一呼吸おいてから教室へ入る。薄目で見たみんなの表情は俺が思っているのとは全く違っていた。
「日向くん、春田くん!」
「怪我大丈夫?」
「さっきの授業、二人のノートとっておいたよ!」
「…え?」
同じように呆気に取られている依兎と目を合わせる。話したことのないクラスメイトがみんな俺らに暖かい言葉をかけてくれていた。
「西野先生から聞いたよ、大変だったね」
「春田も大丈夫か?」
そうか、俺はずっとみんなのことを誤解していたんだ。話したこともないくせに第一印象に囚われすぎていた。暖かいみんなに、先に口を開いたのは依兎だった。
「うん、僕は季長が守ってくれたから大丈夫だよ」
「あの、ノート取ってくれたりしてありがとう。怪我も、もう大丈夫だから…心配してくれてありがとう…」
依兎に続いて話すとみんな嬉しそうな顔をしてくれて、俺も嬉しいような、恥ずかしいような気分でいると授業担当の先生がそろそろ席に着くように促す。
「あ、すみません…」
「ふふ、色々大変だったわね。みんなずーっと二人が帰ってくるまでそわそわしてたんだから」
初めてみんなと会話らしい会話をして、やっとクラスに打ち解けられるようになった気がする。クラスにいるときはいつも強張った表情をしている依兎も、緊張が解れたような柔らかい表情をしている。それが何よりも嬉しくて今朝の出来事は大変だったけどみんなと打ち解けるきっかけになったなら良かった。
放課後、西野先生に連れてこられた五人の先輩から涙ながらに謝罪をされ、この一件は解決した。報告のために翌日、帰国してきた母と先生方との面談があったが母は相変わらずの明るさとポジティブさで先生達を圧巻させていた。家では散々俺に怪我をさせた先輩達に憤慨していたのに。
依兎の保護者も同じ日に呼ばれていたらしいが、母が来る頃にはもう面談が終わってしまったのか、会うことはなかった。
あの日以来、俺らはすっかりクラスに馴染んでいた。馴染むといっても元々社交的な方ではないので取り立てて何かが変わった訳ではないけれど。ただ、最近は依兎と二人でいると女子が陰からこちらを見て何か言い合っていることがある。それは決して嫌な目では無いのだけれどこちらと目が合うと顔を赤くして逃げ去ってしまう。きっと依兎のファンが話しかけられずに遠くから見ているのだろう。
確かに、依兎は綺麗だからか、何となく近づきがたいオーラがあるし、俺は依兎が話しかけてくれたから仲良くなることができたけど、それがなければ依兎と話すことは一生なかったかもしれない。
そんな感じで二週間過ごしているとあっという間に終業式を迎えた。因みにあの先輩達は五人のうち二人が自主退学、残った三人もかなり反省しているらしく今のところ大人しく学校生活を送っているという。後から知ったのだが、西野先生は穏やかそうに見えて実際はかなり厳しい人らしく、赴任してからまだ二年しか経っていないのに関わらず、彼が生活指導を任されるようになってから、最初は若くて優しそうな先生になめてかかる生徒も、西野先生の指導を受けた生徒はどんなに柄が悪くても西野先生に逆らうことなく、他の先生に対しての態度も改善されるているという。噂好きな田中くんはそれを怖い話のように語っていたが、むしろ俺には心強かった。中学校で風紀を乱しまくっていた俺が思うのはおかしいかもしれないけれど。
実はあの件があってから一度、先輩達と廊下ですれ違ったことがあったのだがまるで人が変わったかのように低姿勢で、廊下を歩く俺と依兎に頭を下げてきたのだ。その変わりように気味の悪さすら覚えたが、あの話を聞いて納得した。
「季長、帰ろ」
「あ、うん…」
今までのことを振り返っていたらいつのまにか放課後だった。クラスにはもう半分くらいしか人が残っていない。依兎と一緒に昇降口へ向かっていると、終業式なのに体操服を来て忙しなく校内を駆け回る運動部とすれ違う。そういえば西野先生の言うような勧誘はひとつもなく、部活に入ることもなく一学期が終わってしまった。中学生の頃は部活のために学校に行っていたようなものだったのに。
「あーぁ、季長と全然会えなくなっちゃうね。寂しいなぁ…」
「えっ?」
依兎の急な一言で一気に心臓が騒がしくなる。あの保健室での出来事で依兎のことを好きだと自覚し初めてから、こういう台詞にどう反応したらいいのかが余計にわからなくなっていつも戸惑う。それに比べて依兎はいつも自分の思っていることを素直を言葉にできていて本当に尊敬する。
「あ、でも季長のお家行くの来週の土曜日だよね?すっごく楽しみ」
「うん、俺もだよ」
外靴に履き替えて外に出る。まだ夏は始まったばかりなのに、もう真っ盛りなほどに暑い。依兎は元々色素が薄いからか、太陽に当たっていると溶けてなくなってしまいそうだ。
「…あ、見てっ、季長の身体で日陰になってる」
こちらを見上げる依兎は小柄なせいか、俺の影にすっぽり収まって暗くなっている。
「でもこれじゃ季長が暑いよね、僕より太陽に近いし」
「はは、でもきっと、太陽から見たら俺らの身長差なんて無いようなものだよ」
「んんー。でも僕ばっかり日陰じゃ申し訳ないよ」
依兎が一生懸命背伸びをしても彼の身長は俺の胸から肩ぐらいまでにしか大きくならなくて、諦めたかと思ったら依兎がこちらに腕を伸ばして大きく開いた手のひらを首にまわしてきた。端からみたら俺が依兎に抱っこをねだられているような格好だ。俺は近すぎる依兎の身体に心臓が爆発しそうだ。
「い、依兎?」
「手で影が作れるかなって思ったけど季長が大きすぎて頭に届かない…」
「ありがと、でも依兎が日焼けしちゃうから大丈夫だよ」
手を引っ込めた依兎はちょっと不服そうにしていた。でもあのままだと俺の心臓が持たない。相変わらず依兎は人との物理的な距離感が近い。
「季長のこと涼しくさせたかったのにな」
「依兎、色白いから見てると涼しい感じするよ」
「え、そう?」
「たぶん、日焼けしない体質なんだろうね」
「んー確かに日に当たっても真っ赤になるだけかなぁ。ひりひりして痛くなるから、いつも日焼け止め塗ってるの」
「そうなんだ…」
いけない。もはや日焼け止めを塗っているところを想像しただけでどきどきしてしまう。これが思春期の恐るべきところか。このままだと依兎を汚してしまいそうで怖い。
「季長は日焼けするタイプ?いいなぁ、日焼けしてるのちょっとかっこいいよね」
「えっ、そう?」
「うん、男らしいっていうか…」
「そっか…」
自分だけのことじゃないのに何故かそれが嬉しくて。内心浮かれているところであっという間に分かれ道まで来てしまった。
「あーあ、もうここまで来ちゃった。じゃーね、また連絡するね」
「うん、また…」
手を振り合ってそれぞれ背中合わせに歩いていく。すぐ近くの駅のホームで電車を待ちながらやっと一息つく。
彼が好きだと気が付いてから約二週間。悶々と過ごしてきた。
いつも隣にいる彼の仕草や言葉に何度もきゅんとさせられてはその度にそれを表には出さないように堪えてきた。高校で初めてできた大切な友達だからこそ、俺の気持ちがバレて傷付けたり嫌われないように隠すことに決めたけれど彼に対する気持ちは日に日に増すばかりで困る。
来週の土曜日、学校外で依兎に会えることがすごくうれしいのに自分の気持ちが暴走してしまわないか不安でいっぱいだった。
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