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第1章ー03 地獄への観光ツアー
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保住に引き連れられてやってきたところは、1階の105号会議室だ。
中に入って横並びに座らされると同時に、扉が豪快に開いた。
「こんな朝から、無茶するものだ」
地の底から響いてくるような重低音に二人は一瞬怯むが、保住はしらっとした顔で男を見据えていた。
「おはようございます。今日一日、この時間じゃないと捕まらないかと思いまして」
「正解だな。ここから夜まで予定が立て込んでいる」
大柄な男は、邪悪なオーラをまとっている。
その後ろから、見知った顔が続いた。
「天沼……」
三人は思わず彼の名を口にする。
相手は研修会で一緒に頑張った仲間の一人。
天沼陽向(ひなた)だった。
彼は顔色が悪い。
「資料」
椅子に座るか否や。
澤井は天沼に手を出す。
「はい」
彼は頭を下げると澤井に一部、保住の手元に一部を渡した。
さっとそれを眺めて苦笑する。
「これはこれは」
「どうだ。とうとう始まるのだ。ご機嫌だぞ」
「地獄への観光ツアーですけどね」
「愉快、愉快。さぞ楽しい旅となるであろう」
大堀と安齋は、顔を見合わせた。
どういう会話だ。
この人が副市長なのか?
見たことはあるが、こんなに間近でということは初めてだ。
「ずいぶん、ざっくりじゃないですか」
「お前たちが動きやすいようにしてやっているのだろう」
「よく言えばですよね。悪く言えば丸投げだ」
「そういうことだな」
澤井は豪快に笑う。
そんな澤井の冗談には付き合いきれないという顔をしてから、保住は、田口を見た。
「田口」
「はい」
田口は、自分の手元にある資料を澤井に手渡すが、大して興味もなさそうな顔でそれを乱暴に受け取った。
そして、書類をざっと一通り眺めてから、保住ではなく田口に視線をやる。
「お前らしい言い回しだな。田口。以前も注意したはずだ」
「申し訳ありません」
「まあ、その辺のクズな資料よりはよっぽどいいがな」
澤井は、すぐに軽く笑うと天沼に資料を渡す。
ぼんやりとしていた天沼は、はっとして慌ててそれを受け取った。
「持っておけ。保住。そのまま進めろ」
「承知しました」
「副市長。初め式です」
「分かっている」
「ありがとうございました」
保住の言葉に澤井は、一瞥をくれてから会議室を出ていった。
たった5分程度の邂逅か。
澤井がいなくなると、会議室は緊張した雰囲気から解放されたかのように、空気が緩むのがわかる。
大堀は、ぽかんとしていた。
いつもは冷静沈着の安齋も、さすがにしばらくは言葉に窮していたが、すぐに保住に視線を向けた。
「あの。これはどういう……」
全くもって仕事の流れが見えない。
澤井と保住の会話には、主語や詳しい説明など一つもない。
正直言って、周囲の人間からしたら何がやりとりされていたのかなんて、さっぱり分からない。
多分、今年度の事業の進め方について話し合っていたのではないかと予測されるが、それすら根拠のないただの思い込みかもしれないと思ったのだ。
これは少し舐めて考えていたのかも知れないと、安齋は思った。
前職で星音堂という小さい世界にいた自分にとって、本庁での最初の数十分は、その厳しさを知るにはいい時間であったようだ。
そんな困惑したような表情の安齋を見て、保住は苦笑する。
「心配そうな顔をするな。ちゃんと説明するから」
彼はそう言うと、颯爽と席を立った。
「どれ、おれたちも仕事始めをするぞ」
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