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第2章ー07 前途多難
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悪い酒は別として、酒を飲んだ次の日は妙に早く目が覚める。
目覚ましが鳴るよりもずっと前の時間。
頭をもしゃもしゃとかきながら体を起こす。
室内はまだ薄暗い。
隣で寝息を立てている田口を残し、リビングに行く。
5月とはいえ、日の出前の時間は寒いのだろうか。
暑さ、寒さに無頓着なお陰で、日々の変化にも疎い。
カーテンを開き外を覗くと、東の空が白白と明るくなってきたようだ。
眠い目を瞬かせてそれを眺める。
新年度が始まり1ヶ月。
前途多難。
先の見えない船出。
そう思われがちなのかもしれないが、彼の頭の中にはメインイヤーのイメージは既に出来上がっている。
やることは決まっているのだ。
それをいつ始めるのか。
どこから手をつけるのか。
そんなところを考えている最中だ。
単発の事業であればすべてが頭に入るものだが、さすがに複数の事業のタスク管理は何かに依存しなければならない。
購入したものの、しばらく埃をかぶっていたタブレット端末を取り出すと、うんともすんとも言わない。
どうやら、充電が必要そうだ。
タブレットを充電器に繋げてから、キッチンに向かうことにする。
忙しい毎日で弁当作りが疎かになっていたのも良くないと思ったからだ。
「味噌汁が食べたいな」
そんなことを独り言のように呟いてからキャベツを切り始めて、今日の予定を思い浮かべた。
今日は、総務の担当者を田口たちに引き合わせる予定になっている。
「あいつ、気に食わないのだがな」
総務部の企画調整係。
保住たちの企画は、自分たちだけで行えるものではない。
財務部、観光部、教育委員会……色々なところとの連携が必要になる。
そのため、企画調整係の一人が担当者として、他部署との調整をしてくれるという話になっているのだが……。
担当者は高梨(たかなし)と言う男だった。
保住とは同期入庁になるらしい。
だが、この1ヶ月で何度か顔を合わせたが、到底、複数部署をまとめられるような能力があるとは思えない。
仕事がしやすくなるどころか、足を引っ張られるのではないかと言う危惧を覚えているのだ。
あの男。
のほほんとした笑顔で「保住くーん!」とか手を振ってくる神経の図太さには、流石の保住も苛立ちを隠せない。
「あんな奴!いないほうがマシ!おれ一人で十分だっ」
そう言ってバチンっと包丁でまな板を叩く。
「っ!」
「?!」
短い叫び声に、はったとして視線を向けると、そこには、田口が立っていた。
「す、すみません……。足手纏い……でしょうか?おれ。必死に取り組んでいるつもりなのですが……」
田口は青い顔をしていた。
「いや。おはよう。お前のことではないのだ」
保住は微笑むが怒りが収まったわけではないので、不自然な笑みになる。
「すみません、すみません……」
田口は何度も謝罪する。
「だから、違うって」
「分かっています」
分かってない顔じゃない。
「田口」
保住が近づくと、田口は「ひっ」と声を上げた。
はったとすると、包丁を振り回していたことに気がついた。
「はっ!すまない。謝るのはおれのほうだ」
「い、いいえ!だ、大丈夫です」
しゅん。
耳が垂れて、尻尾を丸めている大型犬か。
田口の落ち込みは、すぐには改善しないようだ。
内心、悪いことをしたと思うが、この場で彼を持ち上げるのは難しいだろう。
そんなことを思う。
「顔洗ってきます」
とぼとぼと廊下に消える彼を見送り、「大丈夫じゃないくせに」と保住は、ため息を吐いた。
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