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第3章ー06 犬、腹を括る
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マスクをしていたが、風邪の兆候は悪化するばかりだ。
たまにしか体調を崩さないおかげで、身体が体調不良に慣れていないのだろう。
じっと黙り込んでパソコンを打つ。
「大堀、だから言っているだろう。こういうのなし。赤で丸したところは再考しろ」
「またですか」
「文句をいうな。こんな書類はありえない」
「……はーい」
ここに来て大堀のやる気のなさは明らかだ。
見た目からしてやる気ないですオーラが滲み出ている。
相変わらず思いやられると思っていたが、ふと保住の声にはっとして顔を上げた。
「安齋はどこに行った?」
ぼんやりしていたらしい。
視線を巡らせるが、安齋の席に彼はいない。
所在が分からない。
大堀も「分かりません」と答える。
保住は無言で受話器を持ち上げた。
「推進室の保住です。そちらにうちの安齋がお邪魔しておりませんか。……やはり。すぐ戻るように伝えてください。その件は仕切り直しで。ええ。お手数をおかけします」
「安齋は……」
大堀の問いに答えることなく保住は、むっとした顔をした。
田口と大堀は、黙り込んだ。
とても仕事に取り掛かるような雰囲気ではない。
イラっとしている保住の殺気が恐ろしい。
たった数分の沈黙だったと思われるが、二人にとったら1時間以上もかかっているようなくらいの重苦しさだ。
しばらくすると安齋が顔を出す。
彼も不機嫌この上ない顔だ。
「戻りました」
「ちょっと来い」
保住は、安齋が席に戻る前に声をかけて一瞥をくれる。
脇にあるミーティング室に入れということだ。
保住が先に入り、安齋もまた黙って書類を抱えたままミーティング室へと入っていた。
そんな後ろ姿を見送って大堀は、緊張から解放されたのか。
ふと愉快そうに笑う。
「安齋の奴、ざまあ見ろだね」
田口はため息を吐いてから、大堀を見る。
「大堀」
いつもより低い声色に、違いを感じ取ったのか。
大堀は「何?」と肩を竦める。
「お前。もう少し落ち着いて仕事をしろ。それから、室長の休憩時間まで奪うな」
「だって……。こんな忙しい時に副市長室に行って半日も帰ってこないなんて、尋常じゃないよ」
「上司の意向に沿うのがおれたちの仕事だろう」
「でもさ」
「大堀」
田口は、まっすぐに大堀を見据える。
彼はびくっとしてへらへらとした表情を堅くした。
「おれは保住室長に育てられたが、まだまだ半人前だ。お前からみたら、出来の悪い職員の一人かもしれないが、組織の人間として必要なことは心得ているつもりだ」
「そ、そんなの。おれだって……」
「じゃあ、どうして上司に対して、そんな態度をとるのだ?」
「上司って……」
大堀は、しどろもどろながらも言葉を紡ぐ。
「だ、だって。おれ達と大して年が違わないでしょう?あの人。そりゃね。副市長や吉岡部長に可愛がられているのは分かるけどさ。それってコネじゃん。本当の能力なんて分からないよね?おれは悪いけど、そんなの認められないから。おれだって必死にここまで来たんだし。田口になんかおれの苦労なんて、分からないくせに」
「分からないね」
「なんだよ!それ。冷たいね。本当。田口って」
「冷たいとかの問題ではない。おれは、自分の努力を分かってもらおうなんて思わないし、分かられたくもない」
「な、何だよ。それ……」
「お前は自分のことを分かって欲しいというが、人のことを分かろうとする努力はしているのか」
「は、はあ?」
大堀は目を見開く。
「いい加減にしろ。ここは自由気ままな場所ではない。自由気ままにできるのは、籠の中だけだ。おれたちの立場を弁えろ」
「……なんだよ。それ……」
面白くない。
そういう顔。
だけど、遠慮なんかしない。
そう決めた。
自分の思うことは伝えてみる。
保住には手を出すなと言われたけど、そうも言っていられない。
同期がなんだ。
彼を守るには、自分だって踏ん張らなくてはいけないのだ。
そう自覚したから。
腹を括ったのだ。
そう思ってただ黙って仕事に戻る。
大堀は面白くない顔をしたまま、パソコンに視線を落とした。
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