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第3章ー11 ブラック企業
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「大堀はどうして、安齋のことが嫌いなんだ?」
二人取り残された推進室。
突然、保住に問われて、大堀は顔を上げた。
「え?おれ、嫌いなんて言っていませんよ」
「そう?安齋なんて大嫌いって顔に書いてあるけど」
保住はすっかり仕事に飽きたようだ。
田口も心配だから早々に帰宅したいが、安齋が送っていたのだ。
自宅で鉢合わせなんて困る。
時間をずらして帰らないと。
田口のことだから、無事自宅に帰ったらメールを寄越すに違いない。
それを待っているのだが。
もう気分は帰りたいから、仕事に身が入らないのだ。
「え?書いてあります?え?」
大堀は本当におかしい。
からかうと面白い。
吉岡のいいおもちゃにされていたに違いない。
「大堀って本当、可愛いな」
「か、可愛いなんて。やめてください」
彼は顔を赤くする。
頬杖をついて、にこにこと見つめられても困る、という顔だった。
「し、室長は……安齋のこと、可愛いんですか……」
「え?」
可愛いという形容詞に値しない容姿ではあるが。
「おれは、みんな可愛い部下だと思っているんだけどね……。安齋には嫌われているようだ」
そこは理解しているのか、と大堀は思う。
「大堀もおれが嫌いだろう?」
「え?!嫌いなんて言ってませんけど」
「そうか?顔に書いてあるぞ」
「何でも顔に書いてあるとか言うのやめてくださいよ」
大堀は顔を赤くして焦る。
田口と同じことを言うのだな、と思った。
人にはうやむやにして欲しいことってあるのだ。
多分、大堀はそう思っているのだろうと理解する。
「おれは吉岡さんとは、タイプが違う。多分、澤井タイプだからね。大堀は厳しいって思っているのかも知れないけど」
「そ、それはそうですよ。厳しいですよ、室長は……。正直、こんな書類の作り方を指摘されたことはありませんから」
「吉岡さん、教えてくれなかったの?」
「吉岡さんも細かいところは指摘しますけど。結局、最後は『いいんじゃない~』で終了でした」
「あの人らしいね」
「……室長は、吉岡部長と懇意だって言っていましたけど……」
保住はにこにことして口を開く。
「前にも、話したかも知れないが、あの人はおれの父の後輩だから。昔から家に出入りしていたようだ。おれはよく覚えてないが。父が死んでからも、父親同然に何かと力になってくれている人だ。だから、おれのことも子供かなんかと思ってくれているのかも知れないが……」
「そうですか」
「別にそれ以上もそれ以下もない。感情論優先なタイプだからね。情に厚いとても優しい人だろう?」
「はい。とっても優しい方でした」
「大堀?」
大堀はいつもと違うテンション。
雰囲気が違うと、違和感も生まれるものだ。
保住は彼の名を呼ぶと、大堀は苦笑した。
「やだな。……なんでもないです」
「そう?なんでもないって顔を、していないみたいだけど?」
この話を人に話したらあの時の二の舞だ。
「市役所は陰湿でブラックな企業と一緒だ」と大堀は思っている。
そう……あの時と同じ思いは絶対にしたくないのだ。
「やだな〜。室長って。冗談は顔だけにしてくださいよ」
「冗談みたいな顔してるかな?」
保住はきょとんとしてから、自分の顔を両手で触れる。
「それよりも、今日の夜は何食べようかな〜?」
「まあ、いい」
「え?」
「何か話したくなったらすればいい。おれはいつでも、お前の話を聞く準備がある」
「……室長……」
一瞬、心が揺らいだ。
この人だったら話してもいい?
自分の過去を?
大堀は手を握りしめてじっとしていると、ふと保住がパソコンの電源を落とした。
「どれ、帰ろうか」
保住のスマホが鳴ったのだ。
『安齋に送ってもらって自宅です。車のカギを鞄に入れました』
「え?!何も進んでいませんけど」
「いいじゃないの。田口の風邪移ると困る。今日は早く帰って、早く寝て。明日も元気に出勤してこい」
保住は大堀の肩を叩く。
ざわざわとしていた心がふと落ち着いた。
にこっと笑顔を向けられると、なんだか心が落ち着くのだ。
「室長……」
「何?」
「室長の笑顔って……いいですね」
「え?」
荷物を抱えた保住は、大堀を見つめた。
彼は、いつになく真面目な顔をして、その視線に応じる。
「もう少し頑張ってみます」
「そうか。嬉しいな。期待しているぞ。大堀」
二人は、帰宅の準備をして部署の照明を落とした。
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