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第4章ー10 野生のライオン
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事務所に帰ったのは18時を回っていた。
今日は花火大会がどこかであるらしい。
妙に車が混み合っていて、思うように前に進んでくれなかったおかげで時間がかかった。
「戻りました」
事務所に顔を出すと、大堀はもちろんいない。
今日は早退したから。
しかし、大堀の席に保住が座って、安齋のパソコン画面を覗いていた。
「しっくりこないな」
「そうでしょうか」
「そういう表現は好みではない」
「……好みの問題でしょうか」
「読んでいて、おもしろくない部分には引っかかるものだ。文章はスムーズに、何の違和感もなく流れるのが好ましい」
「ですが」
「お前は全体を見る力に乏しい。一言一句にこだわっているようでは文章にはならん」
「すみません……」
安齋が素直に謝るなんて。
どういう風の吹き回しなのだろうかと、田口は目を見張った。
この半日で一体何があったと言うのか。
「田口。帰ったか」
保住は田口に気が付いたのか、手を振った。
「すみません。遅くなりました」
「いやいや。想定内の時間だ」
想定外としているのは、自分だけらしい。
予測が甘いということか。
「安齋の企画書は一からやり直しだ。今日はまだ終わらない。先に帰っていていいぞ」
ーーやり直し?
そうか。
そうなのか。
澤井の目は、誤魔化せなかったということか。
状況を理解してうなづいてから二人の様子を見る。
安齋と保住が近くに座っているのは、面白くない。
さらに、二人だけ置いていくなんて……。
田口は首を振る。
「いえ。おれも仕事がありますから。……邪魔でしたら帰りますが」
「そんなことは言っていないだろう。なあ、安齋」
「いてもらわないほうが気は散りませんけど」
「安齋」
「おれは思ってることを口にしているだけで悪気はないのです。そういう性格だって理解していただいたのではないでしょうか?」
安齋は素直にそう言い放つ。
それを聞いて、保住は目を見開き苦笑する。
「本当にお前は……」
「え?正直に言いました」
田口は唖然としたように口を開けてぽかんとしているが、保住は、笑いっぱなしだ。
「お前って奴は……野生のライオンみたいだな」
「は?」
「どういうことでしょうか」
「え?だから。ライオンみたいって。見た目は品格のある容姿なのに、内面は自分の欲望のまま、素直なまま、野獣みたいな男だもんな」
「な、」
安齋は顔を赤くする。
田口も開いた口が塞がらないというリアクションだ。
「なに?」
「それこそ、正直に言いすぎじゃありませんか」
田口は、呆れる。
「そう言うってことは、田口もそう思っているのだろう?」
「違うと言っておきましょう」
「フォローになっていないぞ。田口」
安齋はむっとしている。
「バカにしているのではないぞ。お前を褒めているのだ」
「褒めているようには、まったく聞こえませんけど」
「そうだろうか? おかしいな……」
保住は苦笑いだ。
「気が散ると言われても、おれも仕事が残っているので、悪いけど。残業させてもらいます」
田口はきっぱりと言うと、安齋は「どうぞ、お好きに」と言った。
遠慮していることはないのだ。
同期なのだから。
自分が一歩引いてしまっているのかも知れない。
だから、遠慮はしないことにする。
じゃないと、なんだか保住を取られそうだ。
そんな気がしたからだ。
「どれ、では続けよう」
「はい」
「では、先ほどの部分をどう表現するかだ」
「全体とおっしゃいますが。おれには皆目見当もつきませんけど」
安齋と保住が仕事に戻ったのを眺めてから、田口もパソコンを開く。
水分の件を確認したかったけど、そういう雰囲気でもない。
仕方がないか。
田口は黙り込んで仕事を始めた。
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