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第5章ー06 不手際
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天沼が扉を開けると、二人が廊下に立っていた。
「天沼」
「どうぞ」
彼が二人を招き入れると澤井は、ムッとした顔で田口を見た。
「貴様ならと思っていたが。当てにならないということだな」
「申し訳ございません」
田口は、謝罪する。
いきなり。
開口一番にそう言われたことの意味も分からないし、田口がそれに対して謝罪する意味も分からない。
安齋は、目を瞬かせて田口を眺めていた。
天沼は、今までの流れを見てきたから、意味が分かる。
保住の件だ。
「今回の件は、おれの不手際です」
「認めるのか」
「はい」
澤井は大きくため息を吐く。
「お前に弁明してもらう筋合いでもないがな。面白くない。言い訳の一つでも言ったらどうだ」
安齋や天沼がいる場で、この話はしたくはないのだが。
澤井は気にしていないようだ。
いや、そんなことが目に入らないくらい憤慨しているのかもしれない。
田口はじっと澤井を見る。
「おれの責任です。おれがよくみてあげられませんでした。自分が出来ないなら別な職員に託すべきでした。ただそれだけのことです」
「そういうくそ真面目さが嫌いだ」
「副市長が私を嫌う理由はそれだけではないと思いますが」
「余計な口を叩くようになったものだ。前にも言ったはずだ。ちゃんとできないなら取り上げる」
「そう簡単には行きません」
田口の挑むような視線に、澤井は、微笑を浮かべる。
「ふん、いい顔するようになったじゃないか。今回は然程重症ではなさそうだからな。多目に見てやる。明日には顔出せるように調整させておけ。で。企画書はどうした」
「はい」
安齋は田口と練ってきた企画書を澤井に差し出す。
彼は面白くもなさそうに書類を眺めてから突き返した。
ダメか。
安齋は内心思うが、澤井はコメントも感想もない。
「用件は、終わりだ」
「はい」
田口は頭を下げる。
安齋も同様だ。
「失礼いたします」
「失礼いたします」
二人は、おずおずと頭を下げて部屋を出ていった。
それを澤井は、黙って見送る。
不満そう。
「副市長」
「なんだ」
天沼は心配そうに彼を見る。
「午後の予定、少しは融通利かせられますが」
「余計な気を回すな。予定通り進めろ」
「すみません。出過ぎた真似でした」
「いや、いい」
澤井は立ち上がって外の景色を眺める。
「お前の気持ちは、ありがたい」
「申し訳ありません」
この数か月。
彼を見てきた。
横暴で、権力を振りかざしているだけの人間ではない。
繊細で。
物思いにふける横顔もよく見かける。
何を考えているのだろう。
彼は。
時に自分の下した決断で苦しそうな時もある。
この人は。
本当に梅沢という町に身を捧げている人だ。
そう感じる。
それは一本筋が通っていて、まっとうな気がすることも多い。
だから。
ただの横暴な男とも違うのだと思った。
彼は梅沢を愛し、この市役所を愛している。
彼のやり口には問題も多いかも知れない。
だけど、そのくらい時には強引に、スマートに、多くを助けるために少ないものを切り捨てる。
それは副市長として歩んでいる彼の背負っているものなのだということも分かる。
最初は、気持ちが暗くなるくらい嫌な人事だと思っていたが、澤井の側で仕事ができるということは、市役所全体を見渡すことが叶い、とても勉強になる。
天沼にとったら、とても有意義な部署であると感じていた。
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