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第5章ー07 野獣か人間か
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「おい。どういうことなんだ」
廊下に出ると安齋は、目を細めて田口の肩を掴んだ。
先ほどのやりとりの意味がわからないと言わんばかりの顔つきだ。
なんだかおかしい。
自分の初戦を思い出した。
あの時、自分は今の安齋と同じ心境で、保住に同じ問いを投げかけた。
そして、自分は、あのときの保住と同じ様な回答をするのか?
「企画書は通ったということだ」
「は? 副市長は、なにも言っていなかったぞ」
「だからだよ」
なんとか通った……いや、通してもらったと言うべきだ。
澤井の中では、最初から通すつもりだったということだ。
多分、それは保住への配慮……主人を疲弊させるなんて、飼い犬失格ということだ。
天沼や安齋がいたおかげで、あの程度で済んだが、気を許すと澤井はすぐに手を伸ばしてくる。
引き締めなければならないのだ。
「おい、説明が足りないぞ」
自分のことで精一杯だったおかげで、安齋が隣にいることを忘れていたらしい。
はったとして、視線を上げると、安齋は面白くない顔をして田口を見ていた。
ーーそうだった。今は、その件ではない。
「すまない。ーー……澤井副市長は、ダメ出ししかしない。なにも言わないということは、『滞りなく、そのまま進めろ』ということだ」
「そうなのか?」
「昔からそうだ。特になんの指摘もなかった。問題ないと言うことだ」
田口の返答に安齋は、軽くため息を吐く。
疲れが出たのだろう。
保住のことに気を取られていて気がついていなかったが 安齋は目の下に隈を作っている。
「徹夜したのか」
ーー日頃とは違う思考過程を用いて書類を作るのは容易ではないからな。
田口の問いに安齋は苦笑する。
「徹夜したってどうってことないのだが。今回ばかりは精神的にやられたらしい」
「安齋でもそんなことあるんだな」
「お前な。おれをサイボーグかなんかみたいに言うなよ。人間だ」
安齋という男も人間扱いはして欲しいらしい。
田口は口元を緩ませた。
「安齋は、物事をはっきりさせるのが好きらしいから言わせてもらうけど……お前にそんな人間らしい感情があるなんて思ってもみなかった」
田口の真面目な顔での返答に安齋は吹き出して笑った。
「おかしい! お前って、本当に憎めない奴だよな」
ーーこいつも笑うのか。
「……そうだろうか」
「ああ。全くだっ! 最初は室長のお気に入りだし、なんだかムカつく奴だなって思っていたけど」
「ああ、そう」
ストレートすぎるだろう。
田口は、笑ってしまう。
こんな男、出会ったことがない。
保住よりもひどいレベルかも知れない。
一頻り笑った安齋は、ふと田口に視線を戻して真顔になった。
「なあ、田口」
「なんだ?」
「さっきの副市長との会話って、室長のこと?」
「……え」
「……」
そこを突っ込まれると、なんとも言いようがない。
ーーだから嫌だ。あの人。周囲への気配りも何もあったものではない。天沼や安齋の前であんな話をするだなんて。
不意に投げかけられた問いに答えられるほど器用ではない。
少しまごついて言葉を濁した。
「いや、あの、その……」
「室長の面倒押し付けられてんだな。お前」
「あ、ああ。室長の体調管理。前職で任されたからな。その延長だろう?」
ーーごまかせるか。
安齋の話題に乗るしかないと判断して、続ける。
「そんなことまで頼まれるなんて、サラリーマンの業務を逸脱しているよな」
「仕方がない。ここでは、澤井副市長がルールだ」
ーーそう。この役所のルールはあの人が決めている。
「……それにしても、あの物言いは恨みがましい」
「え?」
「あんなに副市長に憎まれるって、お前……」
その後になんと言葉が続くのだろうか?
恐ろしい。
田口は引き気味で安齋の言葉を待っていると、彼はじっと田口を見つめたまま言葉を続ける。
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