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第6章ー05 田口レーダーは通常運転中
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「そうか。安齋はそんなに怯えられているのか」
床に寝そべって、田口に背中を叩いてもらう。
一度、負傷した腰は弱い。
腰が痛むので、背中まで硬くなっているらしい。
こうして田口にメンテナンスをしてもらわないと、あっという間に動けなくなる。
一年と少し前か。
保住は雪道で転倒し腰部の圧迫骨折をしていた。
この若さで圧迫骨折など田口からしたから信じられないことだが――。
ともかく仕事以外のことには無頓着で、抜けている男だ。
「あれはかなりですね。吉田くん、怯えた目でした。あれを見ると、安齋は要注意だと感じました。気をつけないと。保住さんも寝首をかかれますよ」
「寝首をかかれるか。それは面白い――」
「また。そんな甘いことを言って」
「お前の心配性には、付き合いきれない」
田口は大きく溜息を吐く。
――この人は本当に自分の立場を理解していないのだから困る。
昨年もそうだ。
市長の私設秘書である槇(まき)にちょっかいを出された時も、まったくもって警戒していなかった。
田口は比較的鈍感な男だが、保住に悪意を持つ人間を嗅ぎ分ける能力はずば抜けて高い。
田口レーダーは高性能。
この事業、失敗したら笑い事では済まされない。
市長の進退問題に関わる程の重要な事業だ。
左遷――下手すると首か。
保住は市役所職員にこだわりはないと言うが。
こだわっていないなら、こんな立場に引き上げられないと思うのだ。
「そう言えば……。今日の帰り際に大堀が言っていましたが、ゆずりんのぬいぐるみを企画したいみたいですね」
「ぬいぐるみ……」
ふと保住がまた呟く。
背面からしか見ていないから彼の表情はうかがえないが、明らかに反応するのだなと思う。
「やっぱり、ぬいぐるみがお好きでは……」
いきなり保住は振り返る。
「なにをバカなことを言うのだ。昼間といい。からかうな」
「ですが」
「もういい。寝る」
「保住さん」
保住は体を起こすとさっさと寝室に向かった。
「怪しい。絶対、好きそうなんだけどな……」
***
翌日。
田口は出勤すると大堀にこっそりと話しかけた。
「大堀って、ぬいぐるみ好き?」
「え?! なに? 唐突に」
「いや、あの」
「なんなの?」
田口は恥ずかしそうに話す。
「いや――持っているなら、少し貸して欲しいなって」
「はあ!?」
大堀は目をゴシゴシとして田口を見上げる。
「田口だよな?」
「そうだけど」
「どうした? ぬいぐるみに興味があるって、……え?」
――そんな目で見ないで。
田口は泣きたくなった。
保住は席を立っているからいいものの、本気で恥ずかしい。
「か、彼女?」
「え?」
――彼女ってなんだ。大堀には恋人がいるだなんて言っていないはずだ……。
しかし目の前の彼は勝手に話を進めていく。
「そっか。彼女がどんなぬいぐるみが好きか、それで判断をするわけだな? お前、ぬいぐるみなんて持ってなさそうな顔してんもんな。やだな。大型犬が大好きなぬいぐるみ抱っこして寝ているの想像しちゃったよ~。可愛いじゃん! あはは」
なにを言っても大堀の妄想は訂正できなさそうだ。
田口は他の理由も見当たらないので、諦めて黙り込んだ。
からかわれるようなネタを提供していることも重々承知だが。
ぬいぐるみを買いに行くことも恥ずかしいのだ。
ここで恥をかいたほうがいいような気がして、大堀に打診してみたものの、知らない人のところで恥をかいたほうが良かったのかも知れない。
「別にいいけど。どんなのが欲しいの? あげようか?」
「……どんなものが可愛いと言われるものなのだろうか」
「そうだな~。わかった! じゃあ明日、持ってきてみるよ」
「!?」
ここに持ってこられるのは困る。
「職場にはちょっとだよな。明日の帰りにお前の駐車場まで行くから、そこで……」
「それはそうだね。大きいのがいいかな?」
「……どうなのだろうか」
「じゃあ、大きいのと小さいのね」
「……すまない」
「そんな小さくならないでよ。大丈夫でしょう?」
大堀はにこにことする。
本当に恥ずかしい要請だった。
田口は大きくため息を吐く。
そこにちょうど安齋が顔を出す。
「おはようございます」
「なんだ、今日は遅いね」
大堀に言われて安齋は黙り込む。
なんだか今日は機嫌が悪そうだ。
しかし彼のそれは今日に始まったことではないとも思える。
田口は自分の席に座り仕事を始めた。
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