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第6章ー08 大堀の告白
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今日も当たり前のように残業だが、今日は少し違った。
「夕飯買ってきます」
大堀の言葉にはっとして、田口も立ち上がる。
「じゃあおれも。室長や安齋はどうしますか? なにか買ってきますけど」
「おれはいい」
「おれも大丈夫だ」
二人の返答を受けて、大堀と田口は視線を合わせる。
「じゃあ、二人で行ってきます」
「ああ」
保住の上の空の返答を受けながら、二人は庁舎を出る。
「おれの駐車場はこっち」
大堀に案内されて彼の駐車場に足を向けた。
夏真っ盛り。
まだまだ暑い。
セミの鳴く声がどこからともなく響いてくる。
橙色の夕日を眺めながら歩く道。
ムンとした湿度の高い空気が鼻を突いた。
田口は帰宅する職員たちと一緒になって、大堀の後ろをくっついていった。
「すまないな。面倒をかけて」
「ううん。別に。面倒でもないし。それに、田口がぬいぐるみを抱っこして、ぎゅうぎゅうしている図を想像出来て面白いしね」
田口は顔を赤くする。
「それより室長は体調、大丈夫なのか?」
「え?」
「いや、だって。昨日のグッズ打ち合わせのとき、なんか気分悪そうだったからさ」
――そうなの?
昨晩は別段、体調が悪い様子は見受けられなかったと田口は思う。
「室長って熱中症の前科があるし。なんか口元を押さえて顔色悪いから。おれ、つわりの奥さんを抱えた旦那の気分だったよ」
「……」
なんともコメントしにくい話だ。
「……いや。聞いていないな。具合悪いなんて。今日も普通だろう?」
「そうだよね……昨日のは、なんだったんだろう?」
大堀は首を傾げてから、自分の愛車のカギを開ける。
コンパクトなステーションワゴン型の白い車だった。
大堀らしい。
「これなんだけど、大丈夫?」
彼が車の後部座席から取り出したのは、少し大きめの灰色うさぎのぬいぐるみと、小さい袋に入っている黄色いクマのぬいぐるみだった。
さすがの田口でも少し表情がほころぶ。
「確かに、かわいらしい」
「にやにやしちゃって」
大堀はそんな田口の横顔を見て笑顔になる。
「笑うなよ」
「バカにしているわけではないんだよ。田口って不愛想でさ。本当、可愛くないなって思っていたんだけど。中学生みたい」
「中学生って……室長と同じことを言うんだな」
「え~。そんなこと言われてるの? ウケる」
「自分だって言っただろう?」
「それはそうだけど。室長がそう言うなんて。おかしい」
彼はにこにこだ。
「安齋は嫌いだけど、室長も田口もいい人だし。まあまあいい部署だよね」
二人は今度は、ぬいぐるみを田口の車の乗せるため歩き出す。
今日はぬいぐるみがあるので車で来た。
市役所側の日額駐車場だ。
「本当に大堀は、安齋が嫌いなのだな」
「おれが嫌いなのもあるけど、安齋だっておれが嫌いみたい。むしろそっちが強いでしょう? なんか避けられているし、なんか言うと突っかかって来るもん」
「それはそうか」
「おれ、なんか悪いことしたかな~……」
大堀は少し、しょんぼりとした顔をする。
「いや。お前が悪いわけじゃないだろう。安齋は誰彼構わず嫌いなタイプだ。星音堂に行ったときも、後輩の子が安齋の話題を出すと青ざめていたからな」
「あ~、わかる。それ。おれも同じ心境だな」
大堀は苦笑した。
「ああ、そういえば……。あの子と大堀って同じタイプかもな……」
「え? タイプで嫌われているってこと!?」
「そうかもな……」
「それじゃあダメじゃん。なにしても嫌いってことだよね~……」
大堀は大きくため息を吐いた。
「別に喧嘩したいわけじゃないし。仲良くできるならしたいし」
ぶう~と膨れる大堀を見て田口は笑った。
「大堀って、本当にいい奴だよな」
「なんでだよ」
「だって、嫌われている相手と仲良くしたいって」
「仕方ないでしょう? おれ、平和主義者だから」
「そうか? 安齋とは口喧嘩ばっかりなのに」
「口喧嘩できる相手がいるってことは幸せなんだよ。田口」
ふと大堀の声色が変わり、田口は目を見張った。
「え?」
「……無視されたりするとね、誰も話なんてしてくれないんだから」
――無視、だって?
田口は彼の横顔を見つめた。
「お前、無視されていたの?」
「財務の時ね。嫌な課長でね。おれ、なにしたんだかわからないけど、気に食わなかったんじゃない? みんながよそよそしくてね。でもさ。一人だけ熱心に話聞いてくれた先輩がいてさ。うっかり信用しちゃったんだよ。ほら、おれこんな性格で単純じゃん。――騙されてたんだね。その人、みんなとグルで。おれが愚痴った内容を課長に告げ口してたってわけ」
――この大堀がいじめだって? 愛嬌振りまいて、マスコットタイプなのに?
一瞬。
田口は自分のことも思い出す。
保住に出会う前の職で。
係長が毎日怒声を上げていた。
『残業はして当たり前。休みなんてあると思うな』
そんなことを呪文のように繰り返していた男だ。
農業振興係で梅沢市の農作物を周知する任にあったが、のびのびとアイデアを出せるような状況ではなかった。
「お前、辛かったな……」
田口は自分の味わった気持ちを思い返すが、気の利いた事が言えないと押し黙る。
しかし大堀はきゅっと口元を上げて笑顔を見せた。
「あんまり孤立していたからね。吉岡部長が見兼ねて拾ってくれたんだよ。部長付きになったらね。手のひら返したようにみんな話してくれる訳。人間って嫌だよねぇ。ま、そんな曖昧なコネだからさ。当てにならないよね。ごめん。ちょっと大きく見積もってたよ」
「そこで素直に白状するんだ。お前って本当にいい奴だよ。気にするなよ。おれも嫌な経験の一つや二つはある。しかし室長と出会ってから、そんな思いはしていない。室長はお前のことも大事にしてくれる」
「……そうだね。そうだと思う。おれも、そう思う!」
二人は田口の車にぬいぐるみを乗せてから、コンビニに足を向けた。
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