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第6章ー10 好きなものの正体
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結局、ぬいぐるみのことはよくわからずじまいだった。
翌朝、なんだかモヤモヤとしたまま大堀にぬいぐるみを返そうと、車に乗せていると保住がやってきた。
「なんだ、一晩だけか? 借りたのは」
「あ、いや。はい」
保住はせっかく直した髪型をいじりながら、眠そうに助手席に座った。
「あの。保住さん、ぬいぐるみが好きではないんですか」
田口は車を走らせながら食い下がる。
眠そうに目をこする保住は「別に」と答えた。
「ぬいぐるみが好きとか、そう言う感覚はない」
「そうなんですね」
はっきりしない返答に、今度は保住が田口に尋ねる。
「なんだか変だぞ? なぜ、ぬいぐるみにこだわって何度も尋ねるのだ。なんなのだ?」
「いや。別に。……ですけど」
「じゃあ何度も聞くな。落ち着かないではないか」
つっけんどんな対応に心がざわつく。
聞かないつもりだった件が口から飛び出す。
「グッズの打ち合わせの時、体調が悪かったのですか? 大堀が心配していました」
「え?」
話題の転換。
保住は少したじろいだ。
「別に。体調は悪くない。この前の熱中症から気を使っているのは、銀太も知っているだろう?」
「ですが。大堀から聞きました。顔色も悪いし、気分が悪そうだったと」
「勘違いではないのか?」
なんだか段々とイライラしてくる。
最近の保住は何事もはっきりしない。
「なんなのだ」と言いたいのはこちらのセリフだ。
最愛の人の全てを知りたい欲求は当然のものだ。
――知りたい。全て。あなたのことを隅々まで知り尽くしたい。
駐車場に止めた車の中で、煮え切らない態度の保住の腕を捕まえる。
「銀太……?」
「なにを隠しているのですか? おれを信用してくれないのですか? 体調が悪いなら、ちゃんと話してください。心配です」
「ち、違うのだ」
「そんなに、おれが当てにならないんでしょうか?」
保住を拘束するかの如く両腕を掴まえて、助手席に押さえつける。
体格差で保住が、田口の拘束を抜け出せないことを知っているからだ。
「銀太っ」
時間はまだ7時を過ぎたばかり。
保住の契約している駐車場には誰もやってくる気配はないが、通勤時間であるのは確か。
大概が市役所職員が借りている月極め駐車場だ。
いつ誰がやってくるかもわからない。
そんな中で、ここで揉めるのは得策ではないことも重々承知だが、保住がなにかをひた隠しにしていることが面白くないのだ。
田口はまっすぐに保住を見下ろした。
彼は視線を彷徨わせたが、結局は観念したのだろう。
頬を赤くして俯いた。
「……ぬいぐるみが好きなわけではないのだ」
「え?」
消え入りそうな声。
「じゃあどうして、ぬいぐるみに反応するのです?」
「……これ……」
保住のポケットから出てきたのは、梅沢市のゆるキャラ『ゆずリン』のキーホルダー。
「ゆずリン?」
ミミはうさぎ。
顔はゆず。
二頭身の可愛らしい黄色のうさぎ。
保住は口元を押さえて耳まで赤くする。
「これが、たまらなく可愛い……」
「は!?」
田口はあっけに取られて、腰が抜けたように運転席に座り込んだ。
「大堀とゆずリングッズの打ち合わせに行ったが、印刷会社担当者が提示してくるゆずリンが可愛すぎて……思わず『可愛い』と言いそうになるのを堪えていたのだ。……なにが悪い! 体調など悪いものか! むしろ、可愛すぎて具合が悪くなりそうだった」
「え……ええ!?」
恥ずかしさで泣きそうなのだろうか。
保住は逆切れした。
「昨日だって、こんなもふもふしたぬいぐるみを持って帰ってきて! これがゆずリンだったらと想像してしまったではないか!」
——だから。途中で目が輝いたのか。
一人で怒っている保住を見て、田口は苦笑した。
「保住さん、可愛すぎます」
「な、なにをバカなことを! ゆずリンは可愛いのだ! 本当はもっと色々なグッズが欲しい! しかし職権で私欲を満たすなど、ルール違反だ。頭が痛む」
「いいじゃないですか。ファンが欲しいものって、他のファンも欲しいに決まっています」
田口の意見にはっとしたのか。
保住は急に黙り込んだ。
「おれが欲しいものが、他の人も欲しがる……のか?」
「そうですよ」
仕事で生き生きしている時の目。
保住は目を輝かせた。
「それは、なんと……そんな旨い話があっていいものなのだろうか」
「保住さん……」
喜びを噛み締めている彼を見るのは初めて。
正直言って彼と出会ってから、こんなに嬉しそうな顔を見たことがない。
田口は思わず釣られて表情を綻ばせた。
——嬉しい。保住さんが幸せそうな気持ちになっているのを見ることが、こんなにも自分まで幸せにしてくれるだなんて……。
「ああ、すっきりとしたぞ! お前に隠さなくて良くなった」
「隠していたんですか」
「そ、それはそうだろう。大の大人がゆずリン好きなんて言えるか」
「可愛いのが好きと言うことではないのですね?」
「別に。可愛いものは可愛いと認知はするが……好んで集めるなんてことはするか」
保住は顔を赤くしたまま車から降りる。
そして、うさぎのぬいぐるみを引っ張り出した。
「保住さん、それは、後で……」
「いや。借りる」
彼はニンマリ笑みを浮かべ、うさぎを抱えたまま歩き出した。
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