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第7章ー20 自分の進むべき道
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どうしたらいいのかわからずに田口の横に座っていた大堀は、不意にカーテンが開いてはっとした。
「あ、室長……っ!」
思わず叫びそうになって、慌てて自分の口を塞いで声を潜めた。保住は大堀に一瞥をくれてから田口を見つめた。やっと報告する相手の登場に、内心ほっとしてかから田口の容体を説明した。
「胃痙攣だそうです。多分ストレスではないかって」
「ストレス、か」
「はい。今朝から顔色が悪くて……」
「先生の判断は?」
「ともかく安静にとのことです。内服薬が出て、それで様子を見るように。ストレスについては、必要があれば専門医に行くようにと言っていました」
「そうか」
保住は大堀の言葉に黙り込む。視線は田口をまっすぐに見ていた。大堀はなんと声をかけたらいいのかわからない。自分も押し黙るしかなかった。
しばしそのままの姿勢でおとなしくしていると保住が大堀を見た。
「大堀。適切な判断だった。あとはおれがやる。先生と話をしてから戻るから、お前は先に戻れ」
「でも、田口一人では。……可哀想です」
子供みたいな理由かも知れないが、大堀の精一杯の優しさのつもり。保住には笑われるだろうか? そんな事を考えていると、保住は優しい笑みを浮かべた。
「大堀の優しさは田口に伝わっている。大丈夫だ。田口だって大人だ。付き添うことよりも、田口はお前には仕事をして欲しいと望むに違いない」
保住の横顔は心配でたまらないという色が浮かんでいる。保住も同じ気持ちであるという事を理解した。
「わかりました。安齋と留守を守っておきます」
「すまない。おれも、すぐ戻るから」
「はい」
自分や安齋の仲裁をしたり、保住の面倒をみたり。田口の苦労は計り知れなかったと言うことだと大堀は理解した。
——ごめん。田口。おれ、お前の分まで頑張るね!
大堀はゴシゴシと目元をぬぐい、看護師たちに頭を下げて病院を出た。
***
大堀がいなくなると、ほっと気持ちが緩んだ。張り詰めていた緊張が緩んだのだ。保住はそっと田口の手を握った。いつも熱量のある男なのに。その手はひんやりとしていて冷たかった。
「おれが具合が悪い時は、いつもお前はこうしてくれていたな」
深い眠りに落ちている田口は、余程体調が悪いのだろう。保住に手を握られても微かに眉を顰めるだけだった。
「すまないな。お前には迷惑ばかりかける」
きっと彼は昨晩のことでへこたれているのではないか? 自分が無断で朝帰りしたこと。もしかしたら、安齋になにか吹き込まれたのではないだろうかと予測できた。一晩の出来事の不具合がこんなにも早く身体に出るなんて。
田口は思っている以上に繊細な男だ。体が大きい割に、だ。
——いつもそう。なってしまってから後悔する。自分の体調に関してもそう。プライベートのあり方もだ。
多くを語らない田口は不安や、悩みを溜め込むタイプだ。
こうして一緒にいることが、本当にお互いのためになるのだろうか?
お互いが、隣りにいることで傷つけ合うことになっていないのだろうか?
——その答えはわからない。だが自分の気持ちを素直に言えば……。
「お前がいてくれて、おれは本当に満たされる。銀太。こんなおれだが、そばにいてくれ」
そんな言葉を口にしてから、保住は腰を上げた。
「すまない。また来る」
後ろ髪引かれるのは仕方のないこと。大堀に言い聞かせた言葉を自分にも言い聞かせながら保住はカーテンを潜り、診察室のフロアに出た。すると、いつも自分が熱中症田口でお世話になる熊谷医師と鉢合わせになった。
「おお。保住くん。君の部署の人だった?」
「先生。この度は大変お世話になりました」
「いやいや。僕はなにもしてないよ。それより、今年は熱中症で運ばれてこないね」
「軽い熱中症にはなりましたが、なんとかなりました」
「あはは、やっぱりなるんだ」
熊谷は明るい。澤井と懇意にしているが、どういう間柄なのかはわからないし、詮索をするほど興味はなかった。
「田口の家族は県外におりまして、すぐに呼び出すことはできません。誰も付き添わない状況になると思いますが、大丈夫でしょうか」
「ああ、そんな深刻な状況じゃないよ。胃痙攣は本当に痛みが強いけど、点滴で胃を保護する薬剤はしっかり入れておくし。内服薬で様子をみるしかない状況だからね」
「職務は休ませた方がいいのでしょうか?」
「そうだね~。ストレス源が職場にあって、心休まる環境が確保できないなら休ませたほうがいいんじゃないかな? まあ経過を見てもらって、内服薬で様子みればいいんじゃないの?」
「わかりました」
保住は熊谷に頭を下げた。
「点滴が終わったら迎えに来ますので、それまで置いてください」
「いいよ。この時間でしょう? 早く終わっても四時過ぎになると思うし。定時以降に迎えてきてあげたら? それまで預かっておくよ」
「ありがとうございます」
保住はさらに頭を下げた。
「よしてよ。それは僕たちの仕事なんだから。感謝とかされる覚えないしね。ささ、仕事戻りなさい。素人はここにいてもなにもできないよ。おれたちに任せて」
——これが自分の進むべき道だ。
保住は熊谷病院を出ると本庁に足を向けた。田口に付き添っていることが今の自分の役割ではない。
「あれ、やってみるか」
冷静に考えてみると、あの方法がベストな気がした。澤井の取った行動……あれが一番良いように思えた。あの人の二番煎じは好ましくないが、背に腹は代えられないというところだろう。保住は前を向いて市役所に向かった。
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