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第7章ー22 完敗です
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「しかしよく考えてもみろ。それは当然のことだ。なぜなら。お前たちと違って三年間、おれが育てた男だ。当然、田口は使いやすい。出会ったばかりのお前たちとは違って、それは当然のことであろう? ——どうだ? 安齋」
彼は朝までの困惑したような瞳の色ではない。安齋に投げかけてくる瞳は挑むような自信に満ちた色をしている。その時点で、安齋は完敗を悟った。まごつくのは今度は、自分の番だということだ。
「室長……。それは——。そうでしょう。理解できます」
——はっきりと言ってくれる! 堂々と。
大堀は開いた口が塞がらない状態だ。声も出てこないらしい。ぽかんとして情けない顔をしていた。
「ひいきという言葉は適切ではないな。一番信頼し、いちいち細かく言わなくてもおれの意図することを汲んでくれるから、気に入っているのだ」
——お気に入り宣言だと!?
保住は愉快そうに口元を緩めた。勝利を確信したその笑み。言っていることは支離滅裂なのに、すっかりその場の空気は保住の支配下に置かれている。彼の成すがまま。
安齋や大堀よりもお気に入りだと言い切られているくせに、大堀はなんだかぽわんと表情が緩む。どういう思考をしているのか安齋には理解が出来ない。頭の中を割って、覗いて見てみたいものだ。
「室長は一体、なにをおれたちに伝えたいのですか? 田口がお気に入りということは理解しました。では、我々は一体どうすれば……」
安齋はやっとの思いで言葉を発した。
——くそ。これが精いっぱいかよ。
その安齋に対して彼は嫣然(えんぜん)たる笑みを見せる。
「おれは田口が好きだ」
「え?!」
「——っ?!」
「おれが田口を好きなのは、お前たちとはまだ築けていない信頼関係を構築しているためだ。お前たちと出会う前の三年間であいつの人間性をよく理解した」
保住は「ふふ」と軽く笑うと、明るい表情で安齋を大堀を交互に見た。
「だがこれからは、お前たちとも信頼し合い、仕事をしていきたい。おれはこれから、お前たち二人のことも好きになる予定だ」
「室長……」
大堀は、じわっと涙を浮かべる。
——なぜそこで泣く!? 予定は未確定だぞ!?
安齋は思わず大堀に突っ込みたくなる。そして、保住のそのストレートな物言いが妙に胸に入ってきて居心地が悪い。
「ここはおれの城だ。おれのやり方に反発もあるだろう。だがこういうやり方しかできない男でね。まずは慣れてもらうしかない。おれもお前たちとのやり取りの中で学ぶべきことは多い。これから改善しながらこの事業の運営をこなしていきたいと思っている。そのためには、やはりお互いのことを理解しなければならないと思うのだ。お前たちの人間性やタイプを把握する努力はしているつもりだ。だから、おまえたちもおれという人間を理解して欲しい」
これは上司として最もな発言である。安齋や大堀は異議はない。大堀が自分を見てくるので安齋もそれに頷いた。
——こういう作戦に出たのか。田口が好きって。しかしまだ甘いな。そんな上辺だけの事では……まだまだつけ入る隙はあるものだ。
そんなことを思っていると、ふと保住は目を細めて声色を和らげた。
「おれという人間を理解してもらう上で、話しておきたいことがある。お前たちに気を使わせる気もないし、不快にさせるかも知れないが、隠し事は嫌いな質だからな」
「なんですか?」
大堀は固唾をのんだ。それを受けて保住はにこっと笑みを見せる。
「——おれは田口と付き合っている。だが気を使う必要はないからな。仕事中は上司と部下の関係を保つ。それは昨年からお互いに心得ているところだ。——以上だ。では田口を迎えに行って帰宅する。お前たちも残業せずに帰れ。おつかれ」
彼は流れるように語ると、さっさと荷物を抱えて姿を消した。
「お、おい——。今、なんて?」
大堀は呆気に取られていたが、安齋に静かに視線を寄越した。怖くて聞けないというところだろうか。
「ねえ、今。室長。なんて言った?」
「田口と付き合っていると言っていたな」
安齋は平然と答えた。
「おれの聞き間違いじゃないよね?」
「おれも聞いた」
——愉快! これは。おれの想像の上を行く!
安齋は笑い出す。もうおかしくてたまらなかった。その笑いは軽蔑や侮蔑ではない。素直に心の底から愉快。
「してやられたって、このことだな。大堀! まったく! あの人は。予想を遥かに上回ってくるな! 愉快、愉快だぞ。本当に——!」
一人で笑っている安齋のその意味がわからない。大堀は面白くなさそうな顔をして怒り出す。
「ちょ、安齋! 笑うところじゃないでしょう!? これって猛烈な問題発言でしょう?! ちょ、おれ。——え? 受け止められる? ……いやいや。既に受け止めてるけどさ! わかるよ! わかっちゃうよ! 室長の田口のかわいがりようはね。常軌を逸してますけどね!」
大堀は目を白黒させているが、彼は彼で二人の間の空気を嗅ぎ取っていたようだ。ただのバカではないということだと安齋は理解した。
「安齋は、なに? 大丈夫なわけ? そういう、え?」
大堀の反応を見ていると、面白いと思った。
——こういうノーマルな人間は愉快。あいつみたいな反応だな。
安齋は大堀にもう一つ付け加える。
「大堀。ショックは少ない方がいいと思うから、ついでに言っておくが、おれも男と付き合っている」
大堀は顎が外れるのではないかと思われるぐらい、口を大きく開けて固まっていた。少々の後、目を更に白黒させた。
「え? ええ! なにそれ。今流行りなの? 嘘でしょ? おれがおかしいの? はあ?」
完全にショートした大堀は面白い。保住や田口のちょっかいを出すのは止めだ——と安齋は思った。
「完敗だな」
取り残された二人はパソコンをシャットダウンして帰宅の準備を始めた。
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