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第13章ー17 選挙戦の行方
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「いつになったら終わると言うのだ……。こんな仕事。星音堂(せいおんどう)の頃にはなかったぞ」
延々と続きそうな開票作業に安齋は顔色を悪くした。その隣で黙々と作業をこなす大堀は、平気らしい。手を休めることなく、作業を続けていた。
「文句ばっかり言っていると間違うよ。ちゃんと集中してやりなよ。安齋」
「お前は単純作業向きだな。どうせ当選確実になっているんだ。もういいだろう?」
「そういう問題じゃないの」
「それにしても……」
安齋は周囲を見渡す。
「こういう単純作業になると、まるっきり使い物にならないのだな。室長は」
安齋のコメントに同意という意味なのだろうか。大堀は「くく」っと笑みを漏らした。
市長選の開票作業には、職員が大勢駆り出される。基本的には平職員だ。管理職が休日出勤をすることを人事が嫌うからだ。だから各部署から、下っ端の職員が選ばれるのだが。
『おれたちが参加すると人事が嫌がるからな。お前たち、頼んだぞ』
もっともらしい言い分であるが、「こんな作業していられるか」という気持ちが滲み出ている。
「あの人にやらせるのが間違っているでしょう?」
「新人の頃はやっていたんだろうか」
「さあねぇ。あの人のことだから、なにかに託けて、逃げてたんじゃいかな? ……っつーかさ! もう早く田口に戻ってきて欲しいね。水曜日には来るって言っていたけど。戻っても松葉杖なんだろうしね。大丈夫かな」
「どうだかな。まあ、いないよりはましだろう。躰を使う仕事じゃないしな。松葉杖なんて問題ない」
「足はでしょう? 左手はどうなんだろう。パソコンも片手では大変だよね」
「確かにな。——だが、根性がある男だ。なんとかするだろう?」
大堀は思わず吹き出した。
「なんだよ?」
「いやいや。安齋ってさ。なんだかんだ言って田口が好きだよねえ。おれが否定的なこと言うとかばうもの」
指摘をされて、安齋は少し言葉に詰まるが、諦めてため息を吐いた。
「いや。そうだな。そうかも知れん。おれはあの男が、嫌いではない。むしろ好感を持っているんだろうな。ああいう男は珍しい」
素直に認めると、大堀も笑みを浮かべた。
「田口はいい奴だよ。早く帰ってきて欲しいね。保住室長も元気ないしね。やっぱりおれたちは四人で一つ。推進室は四人じゃないとね」
「そうだな」
ふと気が付くと目の前の投票用紙はなくなり、茶色のテーブルが視界に見えた。それと同時に、場内にアナウンスが鳴った。
『お疲れ様でした。開票作業が終了です。各テーブルの用紙をこちらにおいてください——』
「終わったな」
「頑張ったね。お疲れ。安齋」
大堀に労われるようなものでもないが、安齋は素直に「お前もな」と返した。
***
『梅沢市長に安田氏再選。梅沢市長に安田氏当選確定です。ニュース速報です』
眺めていたテレビから視線を外し、向かい側にいる野原を見る。彼もまた、珍しくテレビを眺めていた。
「よかったですね。野原課長」
——なにが? とか言われそうだな。
しかし、彼はそっと視線を寄越してから微笑を浮かべた。
「うん」
自分は関係ないと言っていた割には、やはり槇が市役所に残ることが、彼にとって嬉しいことであると認識できた。
「退院ですね。おめでとうございます」
「お前もすぐに退院だろう」
「ええ。すぐに追いかけますよ」
「そうだな。休んでいた分、仕事溜まっているだろう」
田口は保住から聞いている野原の状況を思い出す。
「仕事、大丈夫ですか。戻れますか」
「なんとかなるんじゃない。時間が経てば治るのかな」
「どうなのでしょうか? 仕事で支障が出ないといいのですが」
「係長たちには話をしておくって。実篤《さねあつ》が。人と触れ合う仕事でもない。なんとかなるんじゃない」
「いつもは細かいことを気にするのに、そういうところはアバウトですね」
「そうかな。考えても仕方がないこと。しばらくはここの心療内科受診するようにって。先生と相談しながらやっていくしかない」
「そうですね……」
もう少し早く気が付いていれば、そんな思いをさせずに済んだのだろうか。田口は自分を責めた。この怪我のおかげで、ということもあるが、この怪我がなければ、もっと早急に動けていたのだ。自分は情けないと思った。
「田口」
はったとして顔を上げると、野原が真面目な顔でこちらを見据えていた。
「お前がいてくれて、助かった。ありがとう」
「——課長」
「お前も躰、大事にしろ」
「——はい」
二人は暗くなった外に視線を向けた。もう季節は冬である。
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