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「よし、集まれーっ」
教師の掛け声に、準備運動の終わった生徒が各々集まり出す。
「時川も増えた事だし、今日はまた100m走のタイムを測るぞ!」
「「はーい」」
今日の授業内容とヤル気満々の教師に反論する者がいないのは当たり前。体育担当は二年連続で同じ陸上部顧問の熱血教師だからだ。
「じゃあ出席番号順に二人ずつな」
それだけ指示してから、ストップウォッチを持ってゴールまで行ってしまった。当番の生徒以外は各々準備をしたり、固まって雑談をし始める。四人の中では出席番号の早い酒月を見送り、三人も離れた位置で、他がタイムを測っている間、身体を動かしながら雑談していた。
「本当に走るの好きだよねぇ」
「まぁ、球技よりか良いけど」
「鈴、球技嫌いなのか?」
「あまり好きじゃない」
松原に乗るように何気なく口にしたのをゼロに問い返されて、少し首を傾げて答えた。駆け引きというのは基本的に苦手なんだと思う。
「とか言って、鈴は結局何でもこなすくせに」
「強いて言えば好きじゃないだけだ。バスケはお前の方が強いだろ?」
「バスケ部員が負けたら恥だって。な?」
知らない事だらけのゼロは松原との話をちゃんと聞いて情報を拾い、妙に一人で納得していた。だから松原が同意を求めると、ぽんっと掌に拳を当てて答える。
「バスケ部員のプライド?」
「そういうこと」
笑って頷いてみせる松原と、真剣なゼロの組み合わせが意外に面白い。
「お前ら、結構気が合うよ」
「そうか? あ、そろそろだから行くな」
鈴の言葉に返事をしつつ列を確認したゼロが、もう自分の前の生徒を覚えたのか、教えるまでもなく自分で並びに行った。
いつそんなのを覚えたんだろう。
前後のクラスメイトとも雑談をする光景から、彼の人当たりの良さが伝わる。
──よく笑う奴……
見つめる先では話をしてる内に前の生徒が走り終わり、ゴールにいる教師が確認の旗を上げると、当番の生徒がスタート準備を促す。それに合わせ走る体勢に入るゼロの瞳を見て、鈴は背中がゾクっとした。
一瞬にして色の変わる、あれは獣の瞳だ。
「位置に着いて、よーい……ドンっ!」
勢い良く振り下ろされた旗と同時に、息も吐かない速さでゼロが走り出す。残った生徒も会話を止めてゼロの走る姿を見つめる。
綺麗だと思った。
真っ直ぐに前を見る瞳も、迷いのない空気も。
「あの速さ、鈴と同じぐらいじゃない?」
走り終わったゼロの方を見ながら、松原が話しかけてくる。教師も傍目から分かるほどの興奮ぶりだからタイムも良いのだろう。
「……ちょっと負けてられないよな」
「お、出た。負けず嫌い」
「別に」
今の走りで刺激された鈴は、松原のからかいにも余裕の笑みを返した。
普段は何事にもそっけないのに、たまに珍しい事があると楽しそうにしているのを本人は気付いていない。分かるのも長い付き合いの松原だけだろうが。
出席番号が前後の二人は位置に着いて走る準備をする。向こうでは、酒月に言われて振り返ったゼロが鈴を見据えているのに気付いたが、瞬きをした一瞬で無心へと切り替えて
「位置に着いて、よーい……ドンっ!」
その声と同時に走り出した。
周りが騒ぐ声も今は耳に入らない。
正直、初めての感覚だ。こんな短い時間で高揚したのは。
直線を走りきってゴールのラインを越え、急に停まれなかった身体がぐらつく。荒い息を肩でして、いつの間にか隣にいたゼロを見上げた。
「本気じゃん」
「……別に」
鈴の口調に小さく笑い、汗の流れる頬を指先で拭うゼロ。その行動に鈴は慌てて周りを気にしたが、生徒達は二人のタイムに興味津々で教師の周りに集まっていた。走り終わっていた松原と酒月に手招きされ、彼と一緒に記録を見に行く。鈴の姿を見て、教師も満足そうにタイムを掲げる。
「10秒5で水無森の方が少し速かったな。この間よりもまた記録が上がってるぞ」
「有難うございます」
「どうだ? 全員測り終わったら、時川と走ってみないか」
「え?」
教師の提案に周りの生徒も盛り上がり、きょとんとしてしまった。
別に本人と勝負する気はなかったのだけれど。
「時川はどうだ?」
鈴が返事をしないと、次はゼロに話を振る。
「俺は良いんですけど」
チラっと気遣うように見る彼と視線が合い、後に退けなくなった鈴は溜め息を吐き「時川が良いならやります」と承諾をした。
この二日だけで何度目の溜め息だろう。信じてる訳ではないが、福がなくなったら全力で返してもらいたい。
そんな事を考えながらスタート地点まで戻り、邪魔にならない場所で待つ。
「足速いのがまた増えたなぁ」
「これで頭も良かったら恨むね」
松原の言葉に頷いて話す酒月に苦笑するゼロ。多分洒落じゃ済まなそうだ。
まだ少し余る時間を雑談で潰し、最後の生徒を見送ると旗を振って呼ばれる。
「行こうぜ、鈴」
「え……ちょっ」
驚く間もなく手を取られ、もう一度測りたいクラスメイトの待つ場所へ引っ張られていく。
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