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相変わらず鈴は風呂に入って暫く本を読んでから、先に布団へ潜り込んだ。ただいつもと比べて早めに寝る辺り、本当に寒いらしい。「おやすみ」と言われて返事をしながら時計を見れば、針は0時前を指している。
電気を消すのが日課になっているゼロは、鈴が寝たのを見て消しに行く。ベッドへ戻る途中、何気なく窓に近付くと、冷えた空気を感じた。閉じられたカーテンを少し開き、外を眺める。
「……雪だ」
季節外れの雪。
急に寒くなったのはこれのせいだ。
カーテンを静かに閉めて、ベッドの縁に座る。視線の先には丸くなって布団を握り締める姿。小さく笑って頬にかかる髪を梳く。
「今日は寝れないんだけどな……」
雪のせいで本能が目覚め、身を守ろうとする己の血に苦笑する。野生の狼は大変だな、などと呑気に考え、鈴の隣へ寝転がった。
「……ん」
すると彼が寝返りを打ち、自然に温もりのある方へ擦り寄ってきた。突然の事にきょとっとしていたが、今起きてる事を認識し優しく胸に抱き寄せる。
起きてしまうかと思いきや、ぎゅっとゼロのTシャツを握り締めてきて。寒さに強張っていた身体が、ゆっくりと解かれていく。
あどけない寝顔が見られる幸せ。
久しぶりに感じる充足感にそれまでの孤独だった夜を忘れ、穏やかに眠る鈴の頭を一晩中優しく撫で続けた。
「──……い、鈴」
「……んぅ?」
肩を軽く揺すられ、眠い頭が覚醒していく。瞼を上げてぼんやりと瞬きを繰り返す鈴に、見下ろすゼロが笑いかけた。
「おはよ」
「…ああ……おはよう」
彼に起こされるのは初めてで、不思議に思いながら身体を起こす。着替えまで終わっているなんて。
──……あれ?
支えで突いた手が隣のシーツに触れ、その冷たさに首を傾げる。
「見ろよ、鈴。今日雪降ってんだぜ」
鈴の様子に気付かないゼロがカーテンを開けて無邪気に振り返ると、いつの間にか傍にいた鈴が見上げていた。
様子を窺う様にじっと見つめる瞳。
「……お前、寝たのか?」
頬に手を添えて覗き込む鈴から心配する空気を感じ、そっと微笑んでその手を握り返した。
「大丈夫、早く目が覚めただけだから」
彼の笑みに今更間近で見つめ合うこの状況が恥ずかしくなり、頬をほんのり赤くして伏し目がちに視線を反らす。
「なら……いい」
そう言って引き抜こうとした手を強く握られ、驚いて顔を上げる。視線の合ったゼロが口を開く瞬間、部屋の中に控えめなノックが響いた。開きかけた口を閉じて鈴の手を放し、ドアを開けに行く。
このノックは彼しかいない。
「おはよ、奏」
予想通りの顔に、しゃがんで視線を合わす。
「おはよ……ご飯だって」
「ん、今行くよ」
呼びにきてくれた奏の頭を撫でると、小さく笑って戻って行った。その後ろ姿を見送るゼロの横顔はいつも自分に向けられる無邪気さはなく、見守る様な優しい眼差しと微笑みで。
大人びた横顔から目が離せなくて眺めていたが、彼が振り返る前に踵を返してニットの上着を取りに行く。
見惚れていたなんて認めたくないし、気付かれるのも恥ずかしい。
何をやっているんだと息を吐き、壁に掛けたハンガーに手を伸ばすと、同時に後ろから手が伸ばされ先に取られた。
「行こうぜ」
振り返って見上げれば笑みと共に肩に上着をかけられ、くすぐったいほどの甘い雰囲気に「それぐらい出来る」と怒ってみせる。そうでもしないと、温かい手を取ってしまいそうだったから。
とりあえず肩に掛かる上着に袖を通し、二人で一階に降りると、既に母は仕事に行って姿がなかった。
「おはようスズ兄、零君」
千鶴の挨拶にも両極端に返事を返す二人。
流石に二週間も経てば、この呼ばれ方にも慣れた。『響きが可愛いから』と言われて最初は嫌だったが、他が「ゼロ」と呼ぶのを聞くよりかは。
──って、何考えてんだ……俺
誰が彼をどう呼ぼうと構わないはずだ。
自分だけに許された名前じゃない。
モヤモヤと考えつつ用意された朝食を食べ始めた鈴の隣で、奏とゼロが話しているのは遊びのこと。
「後で雪だるま作る」
「兎も作るか?」
「作る」
人見知りの激しい奏も、もう懐いたらしい。
ゼロの面倒見が良いお陰。
今も食事の手を止めて話を聞いている。
「ご馳走様」
「はい、珈琲」
先に朝食を食べ終わり、それを見計らって千鶴に渡されたカップで暖を取る。
「ほんと寒いの苦手だよね」
「……うるさい」
クスクス笑う千鶴を拗ねた様に睨み、二人の様子を傍目に珈琲を飲んで落ち着いていると、奏が席から離れて隣に来た。
「行ける?」
温かい小さな手が、鈴の手を握る。寒いのが苦手なのを知っているから、遊びたい気持ちを抑えて気を遣っているのだ。
「行けるよ」
目の前の彼に優しく微笑むと、奏が嬉しそうに鈴の手を引っ張って部屋を出て行く。「ほらほら、寒いから準備しよう」と廊下から鈴の声が届き、お兄ちゃん姿が微笑ましくてゼロは小さく口許を緩めた。
それを見ていた千鶴も違う意味で優しく微笑む。
「零君、やっぱりお兄ちゃんの事好きなんだ」
「え?」
驚いた瞳を千鶴に向けると、彼女はいつも通りの様子で食器を片している。だけど、いつもの冗談ぽさはない。
「零君見てたらすぐ分かるもん」
流し台に食器を浸けた千鶴が振り返り、柔らかい瞳がゼロを真っ直ぐに見据える。
そう思えば初めから彼女にはバレていた訳で。
「……千鶴ちゃんは」
「否定なんかしないよ? むしろくっついて欲しい」
視線を反らして口を開くゼロの様子から続きを悟り、はっきりと伝える。その言葉に再び目を丸くして見上げれば、千鶴は嘘じゃないと言うように無言でにっこりと笑う。
男が男を好きだと言って、まして相手は実の兄だ。
普通なら拒絶されてもおかしくはないのに、彼女はむしろ安心したみたいに見守ってくれる。
「もちろん、誰でも応援する訳じゃないよ? 零君が零君だったから、かな」
「俺……だから?」
「正直、鈴兄の態度良い方に変わってきてるし。あんなに感情出すの、誠ちゃん以外で初めてだよ」
彼と出会って鈴は変わった。
本人達は気付いてないだろうが、最近はお互いに自然と目で追いかけている。
最初が最悪なほど、鈴みたいなタイプは落ちやすい。優しさを見付けやすくなるから。
彼は元々優しい雰囲気を纏っているし、だから自分も弟も初めからすぐに溶け込めた。このまま鈴が他人にもっと関心持ってくれたらいいな、と考えている千鶴と別に、ゼロは気になる呼び名の相手を考えていて。
「誠ちゃんって、松原のこと?」
「そうだよ」
「……松原とはどんな関係?」
“誠一”と鈴からも良く聞く唯一他人の下の名前。学校でも一緒にいて、一番信頼してるのが分かる。
出会ったばかりの自分に無理なのは分かっているけど。
少し嫉妬の混ざった声音で問うと、きょとっとした後に笑われた。
「心配しないで。誠ちゃんは幼馴染みなだけだから」
嘘のない千鶴の言葉に安堵で表情を緩める。
千鶴としてはコロコロと表情を変えるゼロが楽しくて、つい手を貸してしまう。
「そういうとこが良いんだよねぇ」
「ん?」
「私、零君気に入ってるから」
しみじみと呟かれて首を傾げると、可愛い笑顔で男なら一発で落ちてしまう台詞を返された。
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