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「ちょっと待てっ!」
「何だよ」
「おぶるとかなしか!?」
「ないっ! とりあえず良いから大人しくしとけ」
降りようと抵抗するも、急いでいるからか面倒くさそうに言って抱き直す。納得のいかない鈴とあしらうゼロが騒がしく去って行くのを、女子生徒は茫然と見送った。
ああ言えばこう言うの勢いのまま廊下を進む二人は、その場にいる生徒の視線を集めてしまう。驚きもあれば、興味津々なものまで。噂になってる二人なら尚更だが、当の本人達は気にしていない。
「だからこの運び方はやめろっ」
「今更何だよ。文句か?」
「文句も文句だっ!!」
落ちないようにしがみ付きながらも、強気に食いかかる。男がお姫様なんてプライドの高い鈴が怒るのは当然だが、運ぶ方としてはこれが楽。腑に落ちないと態度でも語る鈴を寄せて、彼にだけ聞こえるよう耳元で囁いた。
「じゃあ何か? 肩に担いでケツでも触られたいのか?」
「それはもっとやめろっ」
ガバッと身体を反らして耳元を押さえ、真っ赤に頬を染めて叫ぶ。周りにはゼロの言葉が聞こえていないため、鈴の珍しい態度に目を丸くして見てしまった。
『あ、あの生徒会長の鉄仮面が剥がされたっ!!』
綺麗だが厳しそうな外見といつも静かな近付き難い雰囲気で、高嶺の花と称されていた鈴の姿しか知らない生徒達の一致した思い。真っ赤な顔で怒る鈴の姿に視線が集まる。
『ああ、でも良い……』
また新たな発見をした生徒達は、一同幸せそうな顔を浮かべて二人を見守る。
そんな種を蒔いたことになど気付かない二人は、嵐の様に過ぎ去って行った。
騒ぎながらようやく一階の職員室横にある保健室へ着いたが、そこはそこで別の騒ぎになる。
蒼葉高校には保健室が二ヵ所あり、双子の兄妹が勤めているのだがその兄が変わっていて、何故完全女装の男性を雇っているのか謎な高校だ。
──確かに腕は良いのだけれど……
「鈴ちゃん怪我したの? 大丈夫?」と言いながら抱き締めてくるのが痛い。これは教育上、良いのだろうか。
只今診察台に座らされている鈴を挟んで、ゼロと牽制し合っている状況。鈴溺愛の先生は、初対面であるにも関わらずゼロと仲が悪い。
慣れているとは言え呆れていたところへ、やっと妹の方がやって来た。
「ちょっと何してるの、兄さん! 怪我人いるのに邪魔っ」
言いながら近付いてきた彼女が、手に持っていたファイルで兄の頭を叩いて退ける。
「酷いわね由麻っ、鈴ちゃんとの仲を邪魔してっ」
「兄さん?」
「……はい」
食い下がる兄を笑みで黙らせる彼女の名前は橋野木由麻。彼女こそこの“外科保健室”の主だ。だから“内科保健室”の兄・由沙に対してこの仕打ちでも許されてしまう。兄の手綱を引くのは自分の役目、という事らしい。
彼女も良い人なのだが、何故自分の周りには気の強い女性が多いのか些か疑問になる。
「看せてね、水無森君」
「お願いします」
由沙を廊下へ追いやり、鈴の前に由麻がしゃがみ込む。患部を刺激しないように脱がしていく手際の良さは、病院で勤務していた賜物だ。その間に怪我した際の状況を説明し、苦笑されてしまった。
「はぁ、相変わらず綺麗な足ね」
日に焼けていない白い足を見て、感嘆の溜め息を吐きながら呟く。
「せ、先生?」
「女性としては羨ましいものなの。水無森君は格好良いから」
患部のついでに肌を見つめる彼女に躊躇いがちに声をかけると、楽しそうな声音が返ってきた。ふざけながらも湿布の上に綺麗に包帯を巻いてしっかりと固定し、最後にテープで止める。
「きつくない?」
「大丈夫です」
「包帯で少し厚くなってるけど、崩れないように靴下は履いててくれる? 家に着いたら脱いでいいから」
そう言って丁寧に靴まで履かせて立ち上がり、執務机に着いてファイルを開く。
「まぁ、完璧捻挫ね。これは」
説明しながら書き込んでいるのは保健室受付ファイル。意外に常連の鈴は、最近自分で記入しなくなった。梅雨や冬の間の外科保健室ファイルには、良く名前が載っているだろう。
「最近雨だから廊下も湿っぽい上に薄暗いし、ローファーは滑るから転び易いのよね」
「……すいません」
否定出来ない事に恐縮をして謝る鈴を小さく笑う。それからゼロを見て、安心して表情を緩めた。
「時川君が目を離さないでいてくれて良かった。貴方がいなかったら、階段全部落ちてたもの」
「いえ、俺は何も」
「謙遜しないで、お礼はいっぱい貰うのよ? じゃあ、水無森君の事よろしくね」
「はい」
ゼロは鈴を任されてくすぐったい気持ちになるのを隠し、彼に肩を貸して立たせると、腰に手を回して身体を支えた。
身長差があるため肩では安定せず、悔しいがゼロの背中をぎゅっと掴む。嬉しそうにだらしなく頬が緩む彼を睨めないのが更に悔しい。
ゆっくりドアまで歩く二人の後ろをついて行く由麻は、代わりにドアを開け最後にもうひとつ忠告をする。
「後、今日明日辺りに熱出すと思うから様子見てて。熱も酷いようなら、病院に行くのをお勧めするわ」
「はい、有難うございました」
軽く頭を下げて教室に帰る途中で、昼休みが終わるチャイムが鳴り響く。「仲良く初めて遅刻だなぁ」なんて呑気に言う彼に怒ってみせたが、本当はちょっと悪い気はしなかった。
帰りは結局駄々をこねる鈴に負けたゼロの肩を借りて歩いて帰る事になった。おんぶするだの何だの、と言われたが、恥ずかしくて鈴は全て却下した。これ以上、注目されては敵わないし、既に雨は止んでいたから視界も少しは良い。
そう思って歩き始めたが、右足を庇う歩き方では途中まで来ると次第に疲れてきた。支えてくれるゼロにも負担をかけていると分かっているのに、抱き上げられる羞恥にその選択は出来なくて。
「……っ」
本人は見せまいとしている様子だが、坂道を踏み出す度に辛そうにする鈴に気付いていたゼロは足を止めた。
「ちょっと休め。余計痛いだろ」
乾いたガードレールに軽く座らせ、肩に置かれた手を取って自分も腰に回した腕を解く。しかし、その行動が逆に鈴が気にするとは思っていなかったゼロは、彼が急に俯いた事に焦り出す。
「鈴? 大丈……」
「時川は看てもらわなくて良かったのか? 痛かったら無理しないで」
「平気」
気遣われると益々、視線から逃れるように俯いて声が小さくなる鈴の言葉を遮って答えた。
いつもの鈴らしくない。
負い目なんか感じなくて良いから。
「俺は平気だよ。狼男は身体が丈夫だからな」
しゃがみ込んで顔を見上げ、明るく微笑む。
まだ沈んだ表情の彼と視線が合うと、優しく目を細め
「お前が大怪我する方がヤだ」
そっと頭を撫でて首を傾げれば、顔を真っ赤にして反らした。この所、反らされてばかりのゼロは、やんわりと両手で鈴の頬を押さえて向き直す。
「駄目なのか?」
「っ……ヤだって、子供の言い分だろ」
「いいじゃん、素直な気持ちだし」
顔を赤らめつつ答える鈴に嬉しそうに笑って隣に並んだゼロが、ガードレールに突いた手を握る。こうして手を繋いでくるのは、人通りの少ない道になってから。
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