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傷 1
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教室へ入ると、予想通りクラスメイトからの心配の嵐が起きた。
「熱も下がったから、大丈夫だ。有難う」
困った様な小さい笑みでお礼を言えば、幸せそうな優しい顔の生徒達から集中的に視線を浴びせられた。当の本人は分かってるのか慣れているのか、いつもと同じ様子で席に着く。
「すまない、時川」
隣に座ったゼロが鞄を渡してきたので、これもいつも通りの返事をする。特に意識をした言葉ではないが、隣の彼は拗ねた様に眉間にシワを寄せた。
「俺には有難うじゃねぇの?」
「……有難う」
ゼロから繰り返しされる指摘に暫しの沈黙の後、彼に聞こえるぐらいの音量で告げる。謝ってもらいたくてやってる訳じゃない、と朝から言われてる台詞。しかしゼロ相手にお礼を言うのは、何故か照れくさくて困ってしまう。
「……何でこだわるかな、お前は」
静かな溜め息と共に感情を誤魔化し、呆れた瞳を向ければ
「だって、好きな奴からのお礼って嬉しいじゃん」
薄茶色の髪に軽く触れ、優しく微笑む。見慣れたはずの笑みにドキっとして、頬が熱を持っていくのを感じた。
いつだってストレートな表現。
自然とゼロを見つめていたようで、目の前の彼が首を傾げる。
「鈴……」
「時川、今日さ」
「んあ?」
顔を覗かれそうになった時、タイミング良く声をかけてきた松原の方へ意識が向けられ、同時に鈴も我に返った。そうだった、ここは教室だ。そのまま離れて行く背中を見つめ、安堵に息を吐き額に手を当てて俯く。
頬が熱い。
「……調子狂うな……」
少しずつ意識を始めた心は、少しずつ形を変えていった。
「ごめんね、鈴。練習試合でさ、どうしても時川が必要なんだよ」
ホームルーム終了後、両手を合わせて松原が頼み込んできた。何で自分に言うのかも分からなかったが、とりあえず返事を返す。
「ああ、別に歩けない訳じゃないし。時川は了承したんだろ?」
ゼロに視線を向けると彼は頷いたが、ひとつ否定をする。
「でも送り迎えはするからな。お前無茶するし」
「そうそう、すぐに始める訳じゃないから」
「……分かった」
ゼロだけではなく松原にまで言いわれてしまい、無駄に反論する気もなく了承した。実際、肩を借りた方が楽だし、自分と同じで頑固なゼロは言っても聞かないのは分かってる。
「よし。じゃあ、鈴送ったら、第二体育館で」
鈴の承諾で話がまとまり、先に松原が教室を出て行く。
「俺達も行くか」
「ああ」
支えながら鈴を椅子から立たせ、二人分の鞄はゼロが持つ。踏み出す時に気にして顔を覗き込むから、ゼロに「平気だ」と微笑んだ。支えてもらって歩くのに大分慣れてきた。
しかし、この光景はどうしても目立つようで、通りすがりにこちらを見ては小声で話す。噂なんて慣れてると思っていたけど、本当は慣れとは違い元気な時はスルーできる余裕があっただけ。今日は思いの外、体調に支障があるらしい。
ただ、廊下の騒がしい声に苛々しても、階段の陰に入ってから頭を撫でてくる温かな手に安心した。
──好きってこういう事なんだろうか……
ちょっとした仕種で胸が高鳴って、側にいるだけで安心をする。親以外の誰かに頭を撫でられるのも初めてで、思いの外悪くない。
『傍にいるとドキドキするってだけじゃ、駄目か?』
その言葉も今なら分かる気がして。
少しだけなら、素直になっても良いかな、と思う。
「ほら、到着」
「あ、ああ」
促されるまま足を動かしていた鈴は、ゼロの声で意識を戻し場所を認識する。そっと優しく鈴の身体を離し、鞄を渡してまた頭を撫でた。
「後で迎えに来るな」
「あ……っ」
「ん?」
「えっと……ありが、と……」
踵を返して去ろうとしたゼロを無意識に引き留め、振り返った彼に退けずにぎこちなくお礼を告げた。意識をすると緊張で余計に唇が震える。
そんな鈴の様子に柔らかく微笑み、俯いた頬に手を伸ばして。
「おう」
短く返事をしただけだが、触れた頬から鈴が安堵したのがゼロに伝わる。それ以上は何も言わず、駆け足で体育館へ急ぐゼロの背中を見送った。
「……頑張れ」
本当は面と向かって言えたら良かったが、今はこれが精一杯だ。変わろとする自分に戸惑いが大きくて、でも嬉しそうに笑うゼロには敵わない。
──って、何考えてんだ。女の子じゃあるまいし……
熱い自分の頬を軽く叩き、気分を入れ替えた所へ突然
「自分の頬なんて叩いて、どうしたんですか?」
「矢崎」
後ろから手首を掴まれ、目を丸くした表情で腕を手繰って振り返る。首を傾げて問う彼は、何か誤解をしてるらしい。
「いや、考え事をやめて気分を切り替えようと思って」
鈴がそう言って苦笑を溢すと、ほっとして表情を緩めた。
「何だ。また傷を増やすのかと思っちゃいましたよ」
「そんなに強くしてないし、意味がないだろ」
「そうですね」
お互いにクスクス笑って、さりげなく支える矢崎の厚意を受ける。
こういう時に、自分がどれだけ恵まれているのかを実感するのだろう。
──アイツのお陰だろうな
最近分かるようになったのは。
前までは他人に興味なんてなかったし、周りも近付いては来なかった。
勝手に自分を遠い存在にしていたのだから。
なのに、ゼロが来てから世界が変わった。ゼロの前ではころころと感情が移っていくのが自分でも分かる。そのせいか、今まで遠巻きで見ていたが少しでも声をかけてくるようになった生徒も多い。
──笑えてる……よな
何気なく自分の頬に触れる。
多分、ゼロが笑うからちゃんと笑えていると自分では思う。優しく微笑まれると、まだ戸惑うけど。
──……やっぱり、好き……なんだろうな
たかが一カ月、されど一カ月。
強引だけど紳士的で、無邪気だけど大人な彼の温かな心に毎日触れていたら、変わっていくのは必然。あの笑顔には負けた。
──でも今更何て言えば……好き、です……とか……って、言えるかっ
人生で初めての恋をした鈴には難関な問題。
生徒会業務中も思考に沿って無意識に表情を気にしては頬を引っ張ったりする鈴を、他のメンバー達は幸せそうに微笑ましく見守っていた。
しかし、誰もが感じる鈴の変化に疎ましく舌打ちをする者も密かに。
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