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痛いほど激しく脈を打つ胸を押さえ、ゆっくりと口を開いた。
「もう……俺に構わるな。触らなくて良い……」
「何言ってんだよっ、お前は「お前の事は嫌いなんだよっ!」
「っ……」
ゼロの言葉を遮って叫んだ言葉は上手く出てくれた。それに息を飲むのが雰囲気で伝わり、鈴もひとつ飲み込む。
「ゼロがしつこいから付き合ってたけど、もう我慢の限界だから……」
嘘。
これも嘘。
けれど言葉は流れるように出てくる。
きっとゼロを悲しませるのはこれで最後だから。
俺の事なんか忘れて、ちゃんと彼女を作れば良い。
ゼロの容姿や性格なら、恋人になりたい女性は沢山いる。ごまんといれば吸血鬼の事だって理解してくれる存在も現れるだろう。
──……その方が幸せになれる
「……ああ、そうかよ……」
鈴の言葉に、低く怒気を孕んだ声と共に遠ざかる温もり。
外側にいたゼロはドア越しの鈴を振り返り、思ってもいない言葉を相手にぶつけていた。
「っんなに矢崎が良いなら、アイツの所に行けよ! 付き合わせてて悪かったなっ」
今まで聞いた事のない声を俯いて聞く。勢い任せと分かっていても、ズシリと心に重たく乗しかかった。
「……ごめん……ゼロ」
脱衣所の扉が開く音に、無意識に小さく謝罪を口にする。シャワーでかき消されても良いからと、吐息に乗せた本当の気持ち。
「……き」
聞こえていなくて良い。
これで俺も、気持ちを捨てるから。
お互いの感情がすれ違うまま、扉を閉める音がただ虚しく響いた。
その日の夜、ゼロの部屋は奏と同じになった。
リビングから部屋へ行こうとする鈴を支えるために自然と身体が動いたゼロに、「いい」と冷たく告げる。ゼロ自身も無意識だったのか、気不味そうな表情になったのを見かねて千鶴が鈴に手を貸した。
悟るのが早い彼女は、急激に変わった二人の空気に気付いたのだろう。
部屋に着いて鈴をベッドに下ろすなり、短刀直入に切り出す。
「零君と、何かあったの?」
自分も隣に並んで座り静かに問いかければ、表情も変えずにポツリと言葉を溢した。
「……時川とは何もない」
「零君とは? じゃあ、誰かと何かあった?」
何気ない言い方も逃さず問い返した千鶴に、一瞬ドキっとした。
彼女にも気付かせる訳にはいかない。
間を開ければ疑われると思い、頭をフルに働かせて言葉を繋げた。
「誰とも何もない。ただ俺が……俺が飽きたんだよ。アイツとの生活に」
鈴の返答に驚きに開かれた瞳が揺れ、千鶴の方が動揺する。
「……嘘だよ、そんな顔して……。ねぇ、何を隠して」
「嘘じゃない。元々好きじゃなかったんだ。性格も違うし、合う訳ないんだよ」
静かにひとつひとつ自分にも聞こえるように口にしていく。
そう、初めは何とも思ってなかったんだから、その頃に戻るだけ。
ただのクラスメートで、同居人が一人増えただけ──
暗示をかける様に繰り返し同じ事を思っていると、不意に頬を滑る指の感触がした。触れた千鶴の指は濡れていて。無意識に流れた涙に自分でも触れる。
「……何考えてるのか知らないけど、一人にならないで……」
濡れた手を見つめる鈴に己の手を重ね、兄にそう告げる千鶴。
それはどういう意味なんだろうか。
一人でどこかへ行くな、という事か。
それっきりお互い黙り込んでしまい、頃合いを見計らって千鶴が立ち上がる。
「明日は一人で病院行ける?」
「ああ……」
「気を付けて行ってらっしゃい」
頑固な性格を一番良く理解している彼女は、深く問い詰める事なく小さな笑みを残し部屋を後にした。
自分の態度ひとつで、色々なモノが動いてく。
──心配をかけているのだろうな……
怒らせてしまったゼロにも、気遣わせてしまった千鶴にも。
大事に思われているのが痛いほど伝わり、それと同時に捨て切れなかった彼への想いがまた溢れ出す。
「……バカみたいだ、俺は……」
自嘲気味に呟いてベッドへ倒れ込み、染み付いてしまったゼロの香りに一晩中泣いていた。
翌日。朝食の時間になっても鈴は下りてこず、顔を合わせないままゼロと千鶴は家を出た。
「お兄ちゃんが気になる?」
「え?」
隣で様子を窺っていた千鶴が首を傾げて見上げているのに気付き、言葉を濁らせて返事を返す。
「まぁ……捻挫悪化してたみてぇだし」
「病院行くって言ってたよ」
「……そっか」
他人を介して知る虚しさに落ち込んでしまったのが見て分かるゼロに、逆にほっとした。
「本当にお兄ちゃんが好きなんだね、零君は」
予想外の言葉に目を見開き、また伏し目がちに落とす。
「……でもアイツは「私は」
確信を突く千鶴に返そうとした台詞は、強い口調で止められてしまう。驚いた視線を向けると、一度口を噤んで開いた。
「私は、二人に何があったかは知らない。聞いても言いたくないなら聞かない。だけど、お兄ちゃんが嘘を吐いてるのぐらい分かる」
そう言って瞬きを忘れて見るゼロを見上げ、殊更優しい笑みを浮かべた。
「だから、お兄ちゃんが何を言っても離れないでね。絶対に」
「千鶴ちゃん……」
それは言外に鈴を信じてろ、と言われてるのも同じで。
また昨夜の拒絶を受けるのは怖いが、自分の中でもまだ納得いってない部分があるのは事実。
好きだという気持ちも。
「……分かった」
「よしっ、元気出せっ」
静かに頷いたゼロを確認し、ばしっと背中を叩いた。
痛いけど、心強く感じる。深く息を吐き、揺らぎそうになる気持ちを切り替えた。
苦しいのは自分じゃない。
傷付いてるのは自分じゃない。
もう二度と、愛した人を離したくないんだ……──
起きた時は既に10時過ぎで、病院から帰ってきたら奏が家にいた。昼間から一緒にいるのは久しぶりで、遅めの昼食を鈴が取っている間も、本を読み聞かせている間も隣で嬉しそうだ。
童話を一話分読み終え、一旦本を閉じて弟の頭を撫でる。
「勉強、分からない所とかないか?」
鈴の問いかけにコクンっと頷き、不意に顔を上げて覗き込んできた。
「……どうした?」
首を傾げて視線を合わせると、静かに鈴の頬に触れて口を開く。
「鈴兄の笑ってる顔好き。時ちゃんも笑ってる方が好き」
その真っ直ぐな奏の言葉に泣きそうなぐらい胸が痛くなった。顔に出してるつもりはなかったのに、兄弟というものは感覚的に分かるのだろうか。
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