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交 1
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学校へ行ってしまえば、どうって事はなかった。
初めて長期間休んでいたせいでクラスメイトはおろか、廊下で擦れ違う度に声をかけられた。
流石に昼休みぐらい落ち着きたい、と鈴に誘われて松原も一緒に屋上へ上がる。生徒会役員でなければ屋上使用禁止の特権はこういう時役に立つ。
「疲れた?」
屋上に着いてフェンスに寄りかかり、隣からクスクス笑って問う松原に黙って溜め息で答える。
正直、群れてどうのこうの心配されるのは苦手だ。それに、先程女子生徒から「時川と一緒じゃないのか」と言われて、ツキっと胸が痛んで。
すぐ松原がフォローしてくれたが、上手く笑えた自信はない。
ふっとその時のやりとりを思い出し、隣に座り込んだ松原を見下ろす。
「……誠一」
「んー?」
呼びかけられて上を向いた彼は眩しそうに目を細めた。
「時川とケンカした事……知ってるのか?」
「知ってるんじゃないよ。分かるんだよ、鈴の事だから」
ポツリと呟けばそう言って笑い、再び顔を正面に向ける松原に合わせて自分も座った。
「様子見てれば分かるよ。鈴が休みの間の時川とかさ、時川の名前聞いた時の鈴の反応とか」
すぐ傍で客観的に見ているから気付く事。
隣で雰囲気の変わった鈴に再び視線を戻し、静かに口を開く。
「何があったの?」
視線を合わせる様に首を傾げ、優しく問いかけられて観念した。彼には誤魔化しも何も通用しないのは、長い付き合いの中で承知済みだ。
どこまで話そうか迷ったが、口は自然と動いて全てを話していた。それを黙って聞いていた松原は、話し終わった鈴の頭を胸に抱き寄せる。
「一人で溜め込んでたんだね」
慰めるように背中を撫でられても、あの時と違って涙はもう出なかった。
別にふっきれた訳じゃない。
ただ、今泣いたってゼロが戻って来る訳じゃないから。
「時川には言えなかったんだ?」
「……怖くて、言えなかった」
「……そっか」
鈴は何が怖いとは言わないけど、分かっているから深くは問わない。
本気で好きになっていた事を、松原は気付いている。多分、本人よりも先に。
不器用な幼馴染みを手助けするにはどうしたら良いのだろう。
そう思いながら、松原は鈴の髪に頬を寄せた。
「何だよ時川ー。水無森帰って来ても不景気面かよ」
「酒月」
一方、教室でぼうっとしていたゼロのところに、購買から帰ってきた酒月がやって来た。普段は部活の仲間のところだったり、クラスメイトと一緒にいたり色々と動き回っているが、鈴が休みの間は松原と一緒にゼロの傍にいてくれた。理由は分からずとも元気がないゼロを放っておけなかった彼なりの気遣いと優しさだ。
「時川、メシ食った?」
「……あ」
酒月の言葉でそういえばと気付く。そんなゼロの様子に前の席に座って、抱えていたパンを机にばらまき、山からひとつ差し出した。
「しょーがねぇなー。これ食え」
「いや、弁当あるし。てか、甘いパンばっかじゃねぇか」
「脳みそが糖分欲してんのー。ほら、お前も脳みそさんに糖分送ってやれ」
「おう、サンキュー」
彼のお昼ご飯をもらうのは申し訳ないので断るも、手に握らされて思わず笑いながら受け取る。作ってもらった弁当も用意して食事を取りつつ、目の前でパンを貪る酒月を窺う。
いつも元気で、彼が何かと一番気が合うのかも。
「どーったん?」
「酒月って、どうやって鈴と知り合った?」
「あー、松原の紹介」
視線に気付いた酒月が不思議そうな顔で問うので、常々思っていたことを何気なく聞いてみた。全く性格も違うし、どちらかと言えば鈴が苦手な騒がしいタイプなのに、酒月だけは傍にいるから。
彼は突然の事でも理由は聞き返さず、出会いを話してくれた。
「松原とは一年の時に同じクラスで仲良くなってさ、テスト勉強するって時に別のクラスにいた水無森紹介されたのがきっかけだな」
酒月の脳裏に浮かぶのは自分達が入学して初めてのテストを迎える数日前。
松原に誘われてついて行った酒月が、学習室の廊下で紹介されたのが鈴だった。
『鈴、彼は酒月。俺の友達』
『はっ、初めまして』
『……初めまして』
「俺も一年の有名人を紹介されたもんだから緊張しまくって、お互いに最初は挨拶ぐらいしか出来なくてさぁ。まぁ、自主勉だったし、話して邪魔すんのも、とか思って黙々とやってたわけ」
「勉強会って教え合うもんじゃねぇの?」
「言ったろ? こう見えても緊張ぐらいすんだって。学年一の秀才前にしたら、松原にさえ質問できなくなって一人で悩んでたらさ」
『酒月くん』
『うぇ!? は、はいっ』
急に名前を呼ばれ、焦った酒月の声が緊張で上擦る。何だろう、と呼んだきり何も言わない鈴の行動を目で追うと、酒月のノートの端にサラサラとシャーペンを走らす。
『そこ……これで解けるから』
鈴が書いたのは、酒月が悩んでいた問題の公式。
違う勉強をしていた鈴が気にしてくれたのも驚いたが、それ以上に
『分からなかったら、聞いて構わないから』
そう言った彼の初めて見た小さな笑みが可愛かった事。
「もー、それで一目惚れ。あ、恋人にしたいとかじゃなくね?」
素直な気持ちを口にしてからすかさず語弊を招かぬようフォローする顔は本当。ただの憧れから、個人として友達になりたい気持ち。
「入学式で式辞読む姿は堂々としてかっけーしさ、何より見た目クールだからすっげー近寄り難い雰囲気でよ。口数少ねぇし、冷てぇんだろうなって思ってたから意外だった。時川も思ったろ?」
「分かる分かる。笑い慣れてない感じがな」
「そう、それな! その後、松原に水無森が人見知りなんだって教えられて、そっからは俺の猛アタックよ」
最後は誇らしげに態度で結果を示す彼に自然と笑ってしまう。きっと、鈴も裏表のない酒月だったから友達になったんだ。
ようやく笑顔を見せるゼロに酒月も笑みを浮かべ、不意に真面目な口調になる。
「だからさ、俺としては水無森も時川も大事な友達だから笑ってて欲しいんだよ」
賑わう教室にそぐわない真剣な言葉。
しかし、真面目な空気が苦手な酒月がニカッと笑って照れを誤魔化すので、ゼロも笑い返した。
人間は面白い。自分達より何十倍も短い生の中でも見習うことを沢山持っている。
「酒月だったらフラれた時、どうする?」
「俺? んー、全く見込みないなら諦めるけど、まだちょっとでも脈ありならアタックするな」
「……そっか」
彼にそう言われると、それで良いんだな、って思う。千鶴にも言われたから心強い。
まだ想い続けても良いのだ、と。
「完膚なきまでにフラれたら諦めるか」
「まーまー、そんときゃ慰めてやんよ」
酒月としては単純にゼロが女子にフラれて落ち込んでいると思っているみたいで、バシバシと肩を叩いて気合いを入れてくる。男の友情や友人の意味を初めて知ったゼロにも、鈴が松原を頼る気持ちが少し分かる気がした。
特別な繋がりがある松原に嫉妬もしてたけど、過ごしてきた二人の時間を考えたら納得がいったから今は大丈夫。
「にしても、時川みてーに格好良い奴でもそんな悩みあんのな」
「そりゃそうだろ。超人じゃねえんだから」
「んー、それもそうな。でもさ、一番大事なんって、自分知ってもらう事じゃん? 何にも分かってもらえてない内は始まってもいねーし、そこでフラれて諦めんのナシな」
「酒月……お前、マジ良い男だな」
「よし、もっと褒めろ。俺は褒められて伸びるタイプです」
約束と言わんばかりの酒月に感心して呟くと、普段通りの彼の反応にまた笑いが零れる。照れ屋なのか、最後に格好良く決まらないところが彼らしくて親しみやすい。
「んだよ、おかし?」
「いや、ポジティブで幸せそうだなと思って」
「時川が不景気そうな顔してたからそう見えんだって」
ずっと笑っているゼロに首を傾げる酒月は、返ってきた台詞にまたバシバシ肩を叩く。これは酒月が励ます時の癖なんだろうなと考えながら、その日の昼休みは久しぶりに笑い通しだった。
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