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放課後、部活のある松原と別れた鈴はいつも通り生徒会室へと足を向ける。
「もう良くなったんですか? 水無森先輩」
人気のない静かな廊下で、不意に後ろから呼び止める声がした。心配する素振りを見せかける声音に、無表情で視線だけを投げる。
「俺に何の用だ」
「そんな手荒に接しなくても良いじゃないですか」
「そうさせたのは誰だ」
「手厳しいですね」
他の生徒なら避けてしまうような容赦ない無感情の声音にも怯まず、わざとらしく肩を竦め余裕の笑みで近付いて鈴の進路側に立つ。
「これから仕事だから、君に付き合ってられない」
「待って下さい」
きっぱりと冷たく言い捨てて横切ったのに、腕を掴んで引き留めた矢崎が後ろからきつく抱き締めてきた。内心動揺していた鈴は、大袈裟な程身体をびくつかせてしまい、しまったと思っても遅い。
「やっぱり意識してましたね」
そんな様子を小さく笑って、細い首筋へ唇を落とす。反応したくないのに、冷静でいようとすればするほど動揺して息が詰まる。
出会った頃の彼はこんな事を無理矢理する奴には見えなかった。ただ優しくて、気配りのできる頼りになる後輩で。
手伝ってくれていた時の彼は本当? 嘘?
「どうして、お前は「気付かない貴方が悪いんです」
問いかける言葉を遮った矢崎に視線を向けると、彼は冷たく笑っていた。
「あの人の横で笑う貴方も、憎いんですよ」
「っ……」
意味が理解出来ず、ただ追い詰められる感覚と貼り付けられた矢崎の笑顔に、凍りついたかの様に動けなくなっていた。正面から抱き締められても反抗できず、今まで見てきた鈴からは想像できない姿を黙って見つめていたが、思惑通りの人物の姿を遠くに捉えた矢崎が確信的な笑みを浮かべる。
「時川先輩に助けを求めたら良いじゃないですか」
到底気付きそうもない鈴の耳元で囁けば、我に返り近付いて来る姿も知らずに叫んだ。
「時川は関係ない!」
足音も消えるぐらい大きく響いた声は、何も分からないゼロにまで届いて。はっきりとした拒絶の声に、自然と足が止まりこちらを見るゼロに矢崎は不敵な笑みを送る。
その笑みに気付いて視線を追った鈴が振り返り、呼吸を止めて目を見張った。思わず名前を呼びそうになって、開きかけた口を再び閉じる。
──何のために彼を離したのか……
ゼロの所へ逃げないよう、俯いて視界から外す。
初めて見る鈴の反応に無意識に舌打ちをしてしまい、自己嫌悪に陥る前にゼロは踵を返して足早にその場を離れて行った。
その後ろ姿が見えなくなり、矢崎がおかしそうに笑う。
「頼みの綱、消えましたね」
勝ち誇った笑みで見下ろす矢崎を睨み、勢い良く胸ぐらを掴む。
他人が関わると、恐怖よりも勝る感情。
いつもの凛とした雰囲気とは違うけど、自分にはない空気に惹かれていく。
「驚いた。貴方でもこんな行動とるんですね」
「……誰も巻き込むな。俺だけで十分だろ……っ」
「そうですね。貴方が遊びに付き合って下されば」
平然と答える態度に殴りたい気持ちを抑え、荒く手を離して矢崎の横を擦り抜けた。それ以上はお互いに何も言わず、二人は反対側へと足を進め離れていった。
この所、千鶴と松原が入れ替りで鈴の傍にいる校内での風景。珍しくもないが、その中からあまりゼロを見なくなった事を噂されているらしく、知らずそっと溜め息を吐く。
「ほら鈴兄、幸せ逃げる」
隣にいた千鶴にカポっと口元を押さえられ、反射的に飲み込む。手を離しながら見上げてくる彼女に苦笑を向けた。
「悪い……」
「そんな顔もしてたら、幸せ逃げちゃうよ?」
「ああ……」
どこか虚ろに返事をする鈴をここ数日隣で見ていた。
昔から決して兄妹である自分にも、幼馴染みにも見せない甘えた部分。それを彼の前では見せられていたのではないか、と思う。だからこそ、彼がいなくなってからも、出逢う以前の姿に戻れない。それは鈴にまだ未練があるからじゃないのか。
「……折角素直になれる場所、見付けたのに」
ポツリ、と溢れた声は聞こえたのか、内容をもう一度聞き返してきた。
「何か言ったか?」
「別にー。噂なんか気にする事ないよ」
「まぁ……そうだな」
誤魔化した言葉も疑問に思わず返事をする。
噂なんていつもの事。
──気にする事はない……
そう自分に言い聞かせ、昼休み終了を告げる予鈴に立ち上がった所へ。
「何だ、先輩ここにいたんですね」
普通ならば人当たりの良いだろう声音にビクっとし、振り返った先には案の定矢崎がいた。しかし、妹に知られる訳にはいかず、平静を装って話す。
「俺に何か?」
「これ、生徒会の方からです。先程そこで会ったので」
「…わざわざすまない」
「いえ…それじゃ」
会話もそこそこに差し出されたプリントを彼の手から取る際、全く目を合わせようとしない鈴。以前とは違う空気の二人の様子を窺う千鶴を一瞥した矢崎がふっと笑みを溢し、先に屋上から立ち去った。特に余計な事は何も言わなかったと、無意識に強張っていた肩の力を抜く。
「戻ろう」
「…うん」
何もないと装って優しく妹を促し、二人で屋上を出る。階段には既に矢崎の姿はなく、安堵の息を吐いた。
彼女が確信を持つように、ワザと起こした行動だとも気付かずに。
「矢崎君」
「何?」
静かな教室で同じく残る矢崎を呼ぶと、前もって分かってたような素振りで振り返る。既に確信を持っていた千鶴は、感情を抑えて告げた。
「お兄ちゃんに手を出すのはやめて」
「急に何の事?」
それでも素知らぬフリをする矢崎と距離を詰めて、表情が見える位置で止まった。
「この数日、様子を見てたの。貴方が何かしたのは間違いないでしょう?」
「その何かって何?」
「それは……」
鈴から聞いた訳ではないので、二人の間に具体的に何があったのかは知らない。だけど、どこか避けている雰囲気から分かる。
それをどう言えば良いのか黙って考えていると、頭上から笑う声がして顔を上げた。
「僕が先輩に何をしたのか、君に教えようか?」
「え……きゃっ!?」
突然ぐいっと両肩を掴まれて反射的に目を瞑ったが、その直後
「女の子には悪影響なんじゃないかな?」
矢崎とは別の優しいけれど威圧的な声がして恐る恐る目を開いた。そこにいたのは、矢崎の腕を掴んで制する幼馴染みの姿。呆然と見上げて名前を呼ぶ。
「誠ちゃん……」
「……松原先輩」
彼もまた同じく呼称を呟き、眉間に皺を寄せて見つめる。すっと矢崎が手を離すと、千鶴を後ろに隠す形で松原が前に立った。
「君なら早く気付くと思ったんだけど。何を焦ってるのかな」
挑発するような松原と暫く黙って睨み合っていたが、静かに息を吐いて背を向けた。
「貴方に教える義理はないですよ」
追求は許さないといった雰囲気でそれだけ言い残した矢崎が鞄を持って出て行く。
静かにドアが閉まる音に張り詰めた緊張が解け、一息吐いた瞬間、千鶴の身体は強い力で抱き締められた。
「良かった、君が無事で……」
耳に届く本気で安堵した声音と、髪に頬を寄せられ動けなくなる。しっかりとした腕に抱き締められ、息苦しいと思うよりも嬉しい。
「心配、してくれたんだ……」
「当たり前でしょう…頼むから、無茶はしないで」
「うん」
優しく頭を撫でられ、嬉しそうに微笑んで頷いた。その笑顔にはっと我に返り、慌てて手を離す。
「ご、ごめんね、千鶴ちゃんっ」
「ううん、私こそごめん」
お互いに頭を下げ合って顔を上げた後、自然と矢崎が出て行った方に視線を投げる。
「矢崎の奴、急に動き始めたな」
「ねぇ、誠ちゃん……お兄ちゃんがされた事って……」
松原を見上げて問う彼女の言葉を、自分の口元に人差し指を立てて遮った。
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