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「お兄ちゃん、零君がデレデレです」
久しぶりの三人での登校。
お風呂から上がった後、お互い平静を装っていたつもりだったのだが、道中千鶴が真っ直ぐに手を上げて発言する。
「えぇ!? いや、そんなつもりないッスけどっ。千鶴ちゃんが鋭いだけだって」
「だってお兄ちゃん見て笑う零君、すっごい分かりやすいんだもん。優しくて、好きですーってだだ漏れ」
「うぅ……」
「ちょっとお前、こっち見るな」
「ちょっとそれは厳し過ぎませんかね」
鋭い指摘に縮こまるゼロを横目にさらっと告げると、彼は先程の千鶴と同じく片手を上げた。むぅっと拗ねた視線にクスっと笑いが零れ、その鈴の笑みに急にキリッとした顔になるゼロ。
「……やっぱ俺、だだ漏れでも良「良い訳あるか」
途中で被せてばっさりと切り捨てる物言いに、千鶴が安堵の笑みを零した。
「良かった、いつものスズ兄だね」
ぎゅっと腕に抱き付いて甘える妹の頭を感謝を込めて撫でる。彼女にも随分心配をかけてしまった。今度お詫びをせねば。
「ほら、千鶴。学校着いたから」
暫くそのままで登校していたが、流石に校門を過ぎて昇降口に向かいながら諭す。しかし、腕を組んだままの彼女は上機嫌。
「良いじゃん、たまにはー。兄妹でしょ」
「……高校生にもなってこれは、不思議な光景だろ」
「良いんじゃね。ほら、鈴と千鶴ちゃんなら絵になるし、幸せそうな顔してるし」
二人のやり取りを見ていたゼロが周りを見渡してそう言うので鈴も視線を投げると、同じく登校途中の生徒達が微笑ましそうにこちらを見ていた。
「愛されてんな」
髪をポンポンとされて見上げれば、優しい笑みで見下ろされる。
本当、千鶴の言う通りだ。
「……やっぱこっち見るな」
「えぇ!? あれ本気だったのかよ」
目を反らして告げると、驚いてガッカリしたのが雰囲気から読めて、渋々コソッと彼にだけ囁く。
「……その顔、学校では勘弁してくれ」
好きです、なんて言葉要らずで。
そんな顔で見つめられたら、こっちまで緩んでしまう。
色素の薄い髪から覗く真っ赤な耳を見たゼロは、小さく口元を緩めてまた頭を撫でた。鈴と、それから千鶴。
優しい手のひらの熱に高鳴る胸を抑えながら、必死に冷静を装った。
「く……あはははっ、だから今朝眉間にシワ寄ってたのか」
ホームルーム前の中休み。すぐ戻るつもりで教室から少し離れた非常階段で話していた松原が、今朝の出来事で笑い声を上げる。
「……笑う事ないだろ」
「ごめんごめん。でも、みんな鈴が不機嫌なんじゃないかって、いつも以上に遠巻きだったよ」
「しかめっ面で悪かったな」
「ははっ。うん、でも」
松原の言葉に完全に拗ねる鈴にようやく笑いを治め、不意に優しい笑みになって。
「幸せそうで良かった」
そう言った声からも安堵が伝わり、鈴も笑みを浮かべた。
「今回も悪かったな。迷惑かけてごめん」
「あんなぐらいじゃ、迷惑なんて思わないよ」
何となく気恥ずかしさにくるっと反転して、二人で空を見上げる。梅雨明けを伝えるような青空に、小さく風を吸い込む。
「あれからどう?」
「以前よりくっつくようになった」
「あはは、そう「俺が」
「……そっか」
事後経過を話す鈴の言葉に予想通りゼロかと思って笑った松原は、遮って被せられた対象に少し驚いて嬉しそうな笑みへ変わった。
普段幼馴染みにさえあまりくっつく事はないのに、自分から“くっつくようになった”と言うだけ大進歩だ。彼がそれだけ鈴の安心できる存在だという事。
もう一度「良かった」と呟いた松原の柔らかい声音に少し照れてしまい俯くと、不意に落とした目に映る人物に鈴がピタリと止まる。
「どうしたの?」
じっと見つめたままの鈴が気になって様子を窺った松原も視線を追い、職員玄関から出てきた姿を捉らえた。
「……矢崎だ」
「どうしたんだろう。担任と教頭の見送りで……ご両親と一緒みたいだね」
松原の言う通り教頭と彼の担任と話す矢崎の両親の姿を見て、漠然とこれが最後だと思う。
話すチャンスは今だけ。
「……誠一」
事情を知っているだけあって、勝手に動いたら心配させると思い、隣にいる彼の名を呼ぶ。しかし、鈴の考えなどお見通しの幼馴染みは、しょうがないといった顔で息を吐いた。
「無粋な真似はできないよ」
「ごめん」
見送ってくれる松原に一言告げ、一気に階段を駆け降りる。最後の三段を飛び降り、既に話終わって裏門に向かっている矢崎の背中へ走り寄りながら名前を投げた。
「矢崎っ」
呼び止める大きな声に、矢崎と共に両親も振り返ってしまい、鈴は立ち止まって慌てて頭を下げる。その姿に驚いた顔をすぐ様元に戻し、両親へ説明をする矢崎。
「生徒会長の水無森先輩。お世話になった人だよ」
「そう。ならきちんと挨拶してらっしゃい。時間ならまだありますから」
「はい」
人好きする笑みで先に車へ戻る両親を見送り、その背が離れてから振り向く。
「どうしたんですか? もうホームルームが始まる時間なのに、どうしてここに?」
「矢崎の姿が見えたから…もう一度話をしたくて」
軽く弾む息に乗せて言葉を紡ぐと、矢崎が困ったような笑みを浮かべる。
それもそうだ。自分を振った相手が“話がある”なんて言うんだから。
「学校……どうするんだ?」
「元々、父の転勤で5月頃に転校の予定があったんです。入学式も終わってからって、酷い話ですよね。その転校が本決まりしたので、今日で最後だから挨拶に」
「そう……だったのか」
ストレートに問えば、転校なんて急な話。今までそんな素振りも見せなかったから、全く気付かなかった。
だから、ゼロが現れて焦り、本意ではない行動に出てしまったんだ。これで行為中に一瞬だけ見せた苦しげな表情が合致した。
「僕は焦り過ぎたんです。本当は大切にしたかったのに、このままでは他の取り巻きと同じだって」
「……無理矢理、悪者にならなくたって良かったのに」
「一時だけでも僕を見てくれたから、悪者でも良いんです」
首を緩く横に振り、そう言って笑いながらも後悔の色が見えて、ぎゅっと胸が締め付けられる。
ちゃんと自分が彼の想いに気付いていたなら、ここまで彼を追い詰める事はなかったんだろう。
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