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──他人を避けて通ってきたツケがこれか……
酷く純粋な気持ちを傷付けたのは自分。
俺には矢崎を責める資格なんてない。
「……矢崎の想いは、醜くなんかないよ。とても純粋だ」
「水無森先輩……」
あの時、苦しげに呟いていた彼への答え。
ただ、好きの形が互いに違っていただけ。
自然と鈴が優しい笑顔を浮かべると、矢崎は驚きから泣きそうな笑みを浮かべて答えた。
「貴方の相手は僕じゃなくて良かったんです。僕だったらきっと、そんな笑顔にはさせられない」
心ごと支えてくれる存在に出会った貴方は、いつしかとても輝き始めたから。
だから多分、その時から自分はあの人に敵わないと分かっていたんだ。
悔しくて、それを認める勇気がないから、見て見ぬフリをした。でも
「やっぱり笑ってる貴方が好きです」
その笑顔が向けられるのは、その他大勢とは違う、少しでも近付けた証。本当はそれだけで充分だった。
傷付けた今でも向けるなんて、むしろ心配になるぐらい優しい人だ。
「先輩は優しい人です。だからちゃんと時川先輩について、僕みたいな悪い虫に付け込まれないように気を付けて下さい」
「……矢崎っ」
小さく笑いながらそう言って踵を返す矢崎を、一拍置いてもう一度呼び止める。
これだけは最後に伝えたい。
「今まで、有難う……ずっと助けてくれて、ずっと傍にいてくれて……本当に有難う」
二、三歩進んだ先で立ち止まり、耳を傾けてくれる矢崎へ礼を伝える。
下心はあったにせよ、それでも彼の存在は生徒会では大きく、ごく自然に傍にいて懐かれる事がすごく嬉しかったから。高嶺の花なんて言わず、こんな俺をちゃんと見て接してくれたから。
社交辞令じゃない。上辺だけでなく、心から真剣に口にする鈴と真っ正面から向き合った矢崎は、背筋を伸ばしてお辞儀をした。
「お世話になりました」
落ち着いた、それでいて力強く通る声で別れを告げる。ゆっくりと上体を起こし、出会った頃と同じ柔らかい笑顔を残して背を向ける矢崎を、ただただ黙って見送った。彼が乗り込み、出発する車へ見えなくなるまで頭を下げ、そっと息を吐いてゆっくり顔を上げる。ちょうどその時チャイムが鳴り響き、結局ホームルーム出そびれたな、など考えながら非常階段の方へ戻ると、鞄を持ったゼロがそこで待っていた。
今、終わったばかりではなかったのだろうか。
その考えが表情で伝わったのか、「ホームルーム、早めに終わったから」と答えたゼロが不意に身体を抱き締めてきた。
「ゼロ、ここ……っ」
「大丈夫、死角だ。誰もいない」
慌てて止めるも、落ち着いた声音で言われると大人しく腕に収まる。ワイシャツ一枚越しに感じる温もりや、心音に合わせて背を優しく叩くリズムは波打つ心を鎮めていき、先程のやり取りを思い出した。
ああ、俺もそう思うよ、矢崎。
「矢崎に、俺の相手はお前で良かったと言われた」
ポツリとそう告げると、そっと身体を離して額にキスをされる。
「じゃあ、矢崎の分まで大事にしねぇとな」
そんな歯の浮くような台詞も笑ってしまうほど、同じぐらいゼロが好き。
見つめ合ってどちらともなく笑いを零し、鞄を受け取った。
「いやぁ、一足制って楽だな」
「ん?」
「たまには裏口から帰ろうぜ」
指をさすゼロの誘い通り、このまま裏門から帰った方が楽だ。禁止されている訳でもないが、ただ裏門から帰るとわざわざ表通りまで回らない限り道が違うので、千鶴達に会う事はない。
──待ってたらあれだし、一応言っておくか
鞄からスマホを取り出して連絡をとろうとしたが、ふっと松原の事だから分かっているだろうとロックを開きかけた手を止めて制服のポケットに戻した。
「帰ろう」
軽くゼロを見上げて同意すると、誘い返しをされた彼は笑って背中を押して促す。ゆっくりと並んで歩き出し、他の生徒がいない静かな道を進む。
腕が触れそうで触れない距離。
慣れていたはずなのに、ドキドキするのは関係が変わったばかりだから。これが男女の関係なら、気にせず手だって取る事もできる。それを考えたら駄目だって分かってるけど。
──大丈夫、慣れる、大丈夫……
自分に言い聞かせるように繰り返していると、元々強い理性が徐々に神経を鎮めていく。そっと息を吐いて身体の力を抜いた鈴を、「あっ」と思い出したように声を上げたゼロが見下ろした。
「酒月、甲子園のレギュラーメンバーに選ばれたって」
「そうか。練習頑張ってたからな」
他人事だけど、一生懸命練習していたのを知っているから嬉しい。笑顔のゼロの報告に同じく微笑んで返す。
生徒会は毎年応援に行くのが義務だが、友人が出るとなると仕事でも楽しみに変わる。
「夏休み、応援に行こう」
「あ、おう」
小さな笑みを浮かべ、ごく自然に誘ったつもりだったのだが、少し違和感のある返答に首を傾げる。目を反らして何か考え込む様子のゼロ。
何かまずかっただろうか。
「ゼロ?」
窺うように名前を呼ぶと、急に手を掴まれて足早に路地裏へ連れていかれた。状況を飲み込めず疑問符を頭に浮かべている間に壁にそっと背を当てられ、少し乾いた唇が重なる。
──そういえば、緊張すると唇乾くんだっけ
やけに冷静な頭が今の状況を客観視し、キスをされているのだと認識する。ただ少し触れるだけのそれはすぐに離れていき、無意識に瞑っていた目を開けば、顔を赤くしつつ申し訳なさそうなゼロが映った。
「わりぃ、我慢できなくなった」
「……誰か通ったらどうするつもりだ」
「そんときゃそん時考える」
嗅覚と聴覚に優れているゼロがそんなミスするとも思わないが、恥ずかしさに文句をつけると、悪びれた様子なく笑う。
別に怒っていないのが伝わったのだろうし、したいと思ったのは一緒だから苦笑を返した。それに不思議と、今ので緊張も解けた。
──意識をしていたのはゼロもだって、分かったからかな
とは言え、公共の場でするのは気が引けるのでそれを伝えると、「うん、これで最後」と言ってフレンチキスを落として離れる。
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