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じっと眺めていると、後ろからクスクスと笑う声がして軽く振り返る。
「前から気にしてるよな。気に入った?」
「悪い、見られるの嫌か?」
「いんや、気に入ったなら母親も喜ぶよ」
そう言って見やすいように近付けられた指輪を今度は外れないように手を添えて見つめ、初めてデザインに気付いた。
「真ん中の溝、蔦の模様が彫られてたんだな」
「そう。メア家に伝わるもんだからさ、バラのイメージなんだって」
真ん中が窪み、蔦模様と所々に小さなルビーが付いた作りは、確かにバラのようで。家紋みたいなものかな、と考える。
──知らないこと、いっぱいだ……
彼の事はもちろん、そもそも世界を知らないんだ。
人間とは違う、彼らだけの世界。
「吸血鬼と狼男の……ゼロの事、教えて欲しい」
「え?」
不意に言った言葉に驚くゼロと、視線を合わせて伝える。
「ゼロ個人の事は、お前が話したくなった時で良い。でももっと、お前が生きる世界を知っておくべきだと思うんだ」
何が辛いのか、何が大変なのか。
まずは元々を理解していないとダメだと思った。
幸い、時間はたっぷりとある。
「じゃあ、指輪のついでに、メア家の話からな」
真剣に、真っ直ぐゼロの瞳を見つめていると、優しく表情を緩めて口を開いた。
「母方のメアの一族は、代々吸血鬼を管理する純血種だ。だから結婚も子作りも、同じ純血以外はタブーとされてた」
まるで本を読み聞かせるみたいな、ゆっくりと柔らかい口調で告げられる一族の話。
吸血鬼は本来、同胞のみで繁栄をしていた種族だった。
正体を隠し、人間とも共存をしていたが、ある一族が人との間に子を作ってしまう。異例の事だが、繁栄を選んだ同胞にそれが広まった。しかし、純血種以外は自我を失いやすい事が判明した。
元々、暴れてしまった同胞を討伐する役目を負っていたメア家は、まだ多く残っていた純血貴族達よりも純血を守る事に厳しかった。
血を守るが故に出生率が年々減り続ける純血種。
それとは逆に、人間を食料とする同胞や人間との混血児が増え、討伐による吸血鬼自体の衰退化が進んだ。
また、老化が遅いためにいつしか人と交わる事をやめ、純血貴族は各地に散らばり、領地を治める事になる。
人里から離れた人間が立ち入らぬ山奥に住み、時折食料を調達しに下りる程度。それでも100年に一度、治める領地を交換し、人間の記憶に残らないようにした。
「討伐一族はメア家とウィルベラ家だけで……俺の姉貴はその間に生まれた純血種だ」
「……お姉さんがいるのか」
「そ。子孫を残すためだけだから相手と結婚はしてねぇけど、俺と違って姉貴は正統な血を引いてる」
「初めて聞いた」
「……仲悪いんだよ、俺とは」
不意に切なげに微笑むゼロ。
複雑そうに眉間にシワを寄せる表情から目が離せず、そっと頭を撫でたら、小さく微笑んで頬にキスをされた。ギュッと指を絡めて握られた手を鈴も握り返すと、いくらか纏う空気が穏やかになる。
「そんな純血を守っていた母親が親父と出会ったのは、討伐の時だったらしい。討伐で負傷したところを助けられたって」
正気をなくした同胞からの不意打ちで負傷し、討伐からの帰還途中で倒れていたのを救ったのがきっかけで二人は出会った。互いにニオイで人間でない事は気付いており
「同族が付けた傷は治りにくい。だから親父は負傷した母親の傷を癒すために、自分の血を自ら差し出したんだ」
「そんな、簡単に?」
「はは、一目惚れしたんだと。だから、吸われた後の事なんか考えてなかったって」
そんな真っすぐな姿に心を動かされた吸血鬼の母は、純血を捨てる覚悟で狼男の血を受け入れた。
異種であるはずの血は反発も変化も起こさず、ただ残るのは今までに感じた事のないほどの甘い香り。
「人間の世界で生きていながら、人間とは違う血に孤独を抱えてきた親父は、母親の孤独を理解した初めての相手だった」
周りは純血を守る事に厳しい貴族と壊れていく同胞だけ。
いつしか討伐でしか自分の価値を見出だせなくなっていた母が抱えていた孤独など、誰も気付かない。
「初めて笑えた相手が親父だったって、母親が言ってた。一緒に村へ買い物に出たり、親父を通してだけど人間と初めて話をしたり。そうやって世話になってる内にお互いに惹かれ合って、親父が村を出てメア家に婿入りして今に至る感じ」
ゼロの両親の馴れ初めを聞いていると、お互いを理解し合っている様子が分かる。
仕方のない事かもしれないけど、こうして隣で笑ってるゼロの孤独を、自分は想像でしか分かってやれない。好きだけじゃ駄目なんだって、改めて思う。
「ゼロのお父さんはずっと人間と一緒に?」
「そう、狼男は基本的には人間と同じなんだ。山奥に隠れ住む吸血鬼と違って、村を移り住むのが大半なんだと。満月の日や雪の日に本能が目覚めて狼の姿に戻っても、意識はあるから家から出なきゃいいし。冬の間は旅に出たフリして家に篭ってたって」
あっけらかんと話すから現実味がないが、でもこちらが簡単に「大変」なんて口にしたら失礼だ。それが彼らの生きる術で、当たり前の事なのだから。
「俺はどちらかといえば親父寄りでさ。流石に純血じゃねぇから狼にはならねぇけど。でも親父の血のお陰で血のニオイを嗅いでも人間襲わなくて済んでるし、両方の血持ってるから寒い時も暑い時も勝手に体質変わるしな」
彼に言われて、そうか、と気付く。
ゼロが寒い日に体温が高いのは狼男の性質。逆に暑くなれば、吸血鬼の性質が勝る。
それを便利だと思ってしまうのは、人間の身勝手なんだろう。今も心地好いひんやり感に包まれて。その分、彼に自分の温もりが与えられてたら、と思う。
「まぁ、大変だ、ぐらいしかこれまでは思ってなかったけどさ、今は結構良いかもとか思ってるよ」
「今?」
「鈴の体温、ちゃんと感じる」
見透かしたかのような言葉にドキッとした。不意に伝えられて、また自分が安心をもらってしまった。
「それに鈴の役にも立ってるみてぇだしー」
真面目過ぎる空気を変えるみたいにおどけた声でぎゅうっと抱き締めてくるので、意図が分かった鈴も「それぐらいは役に立ってくれ」と冗談っぽく返す。
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