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夏 1
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遠くから響く蝉の声に落ちていた意識を浮上させた鈴は、ぼんやりと視界に映るものの輪郭がはっきりするまで、寝起きで思考が鈍っている頭に任せてただ眺めてみる。次第にはっきりと映し出されたのは、整ったゼロの顔。目を閉じた無防備な寝顔でも、端正だと分かる。
──本当だ、寝てる……
彼の言葉を疑っていた訳ではないが、ちゃんと寝ているのを見ると役に立てたのを改めて実感した。緩む口元をそのままにスルリと頬を撫で、乱れた黒髪を梳く。その感触にピクリと眉が動き、「んー」と唸りながら身じろぎをしたゼロが不意打ちでギュッと抱き締めてきた。
「わっ」
「はは、おはよ鈴」
思わず裏返ってしまった声に舌っ足らずな笑いが返ってくる。驚かされたのは悔しいが、今の状況は顔を見られずに済むから良しとしよう。
「風呂は? どうする」
まだ眠そうな声で確認してきた言葉に時計を見ると、既に朝の6時を回っていて
「時間もないから、身体拭くだけで良い」
「了解」
今から入ったら母親と遭遇しかねないのでそう答えれば、自分が動くのは当然とばかりにゼロが先にベッドから抜け、手早く衣服を身につけた。
「ちょっと待ってろ、今タオル持ってくる」
「あ、ああ……」
あまりにも手際が良くてタイミングを逃した鈴は、上体を起こしたまま動けずに彼を見送った。
──男として情けなく思えば良いんだか、ゼロを彼氏としてこのまま甘えていて良いんだか……
視線を落とした先に見えるのは、自分の身体に付いたキスマーク。
男のプライド以前に、与えられる行為に感じているのだから、今更それを考えたって無駄だ。今後も素直に甘える事にしよう。
「……でも、女の子の真似をしたって、意味はないんだよな……」
どうせなら、ただお礼を言うより、喜ばせてやりたい。一般的に男が喜ぶのを考えると、彼女達がやっている行動を参考にするしかないのだけど。
──というか、何なんだ、この乙女思考は
どこか冷静に客観視してる自分がおり、つい溜め息が出てしまう。普通の男女と悩み事は変わらない、男同士だろうと。
──恋人……コイビト、か……
やっと最近実感してきた言葉を反芻しているところへ、タオルを手にゼロが帰って来た。
「お待たせ」
ベッドまで近付いて来た彼がそう言って温かい濡れタオルを渡してきたので、少し緊張しつつ意を決して挑戦してみた。
「あ、有難う……」
挑戦とは言わずもがな上目遣いで小首を傾げる仕草。
千鶴がよく観るテレビや雑誌に書いてあったのを思い出してやってみたのだが、肝心なゼロからの反応がない。流石に男がやり過ぎたかと後悔し、「ゼロ?」と顔を覗き込んで様子を窺うと、勢い良く抱き付かれてベッドへ沈んだ。
「わりぃ、もう一回。マジで欲情した」
身体を離して見下ろしたゼロがキリッと真顔で放つ台詞に改めて自分のした行動に羞恥心が勝り、一気に顔を真っ赤に染めた鈴から久々に右ストレートパンチが繰り出された。
「二度と考えてやるものかっ、バカ!」
潰れるゼロを落としてシーツを身体に巻き付けて離れると、「理不尽だー」と訴えながらも楽しそうな声が返ってくる。
本当に不思議な男だ。殴られても、俺が良いなんて。
──……それは俺も同じか
どこに惹かれたのか聞かれても、はっきりとコレと言い切るのは難しい。
性格だって正反対、興味の対象だって違う。それでも
──ゼロにしかない安心感……
一途さと真面目さが伝わる手が好きで。
俺を真っ直ぐに見つめてくれる瞳が好きで。
きっとゼロも、自分にだけある何かに惹かれているから、こんな扱いでも笑っているのかも。
「……殴られて笑うっておかしいだろう」
「えー、だって愛感じるし。鈴のパンチ」
照れ隠しだから、と笑って答えるゼロには否定しても無駄だ。だって、そこまでバレているなら、何をしたって受け止められてしまう。
せめてもの悪足掻きに「あっそう」とそっぽを向けば、後ろからギュッと抱き締められた。
「お身体拭きましょうか」
「断る」
「あいた」
懲りずに耳元で低く囁かれ、いい加減にしろと言わんばかりに頬をベシッと押して離した。これ以上触られたら、ドキドキと速く動く鼓動が伝わってしまう。
「さっさと着替えろ」
「はいよ、了解しましたっと」
ペチペチと頬を叩いて行動を促し、自分も着替えに入ろうとした隙を突いて、ゼロにチュッと唇を擦め取られた。突然過ぎて頭がついてこない鈴の耳に、「さー、着替え着替え」と上機嫌な声が届き、我に返って続く羞恥に決心と共に溜め息を零した。
駄目だ、あの爽やか狼をどうにかしよう。
休みというのは早いもので、生徒会の活動をしていたら、あっという間に半ばが過ぎた。
夏の風物詩である甲子園も最終試合を迎え、初めて決勝まで出場した我が校は、最初に比べて観客数が増えていた。
生徒会メンバーと少し離れて座り、声を出すのは千鶴や松原に任せて自分は大人しく観戦している。一段上に座っているゼロは時折大声で声援を投げていて、みんな楽しそうだな、なんて微笑む。結局最後までルールが分からなかったから、自分は頑張ってる姿を感心しながら観ているだけ。
「……ああしてれば格好良いんだけどな」
一生懸命な酒月の姿に無意識に本音が漏れると、これだけ騒がしい中でも聴覚の良いゼロに拾われた。
「……今、格好良いっつった?」
「言ってない」
「嘘吐かれると、余計気になんスけど」
ジーッと後ろから刺さる視線を感じつつ、振り返らずに返事をする。暫し無言の押し問答を続けていたが、ゼロの方が堪えられなくなってぷっと吹き出した。
そう、これはただのおふざけの一環。
「ま、確かに格好良いよな。いつものやんちゃさがねぇとさ」
「ああ。あんな風に夢中になれるのは格好良いと思うよ」
「そっかー、そうだよなぁ」
やはり恋人からの“格好良い”に羨ましそうに呟いて、ゼロが考え事をするように頬杖をつく。チラッと見上げて様子を窺うと、彼はグラウンドに視線を向けたまま口を開いた。
「松原も千鶴ちゃんも、ちゃんと夢中になれるもんがあるし。俺もまた何か見付けっかな」
「またって、前に何かやってたのか?」
「おー、真剣」
「真剣って……コレか?」
「そう、コレ」
真剣という言葉に、剣道をイメージして腕を上下に振るジェスチャーで確認をする鈴と同じ動きで肯定をする。
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