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血 1
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夏休み明けは例年通り、文化祭の催し物についてのホームルームが開かれた。生徒会と実行委員による全クラスと部活の参加内容の調整により、第一希望の『演劇』に決まった鈴のクラスは、どんな演目にするかを決めているところ。
そして只今、今年二度目の大ピンチ。
「他に案がなければこれに決まりますがー」
「うちのクラス、イケメン揃いだから賛成ー!」
「これ以上にインパクトあんのないっしょ」
「では、我が組は男子オンリーのシンデレラに決まりました! 拍手ー!」
やけにハイテンションな文化祭役員が気になるが、それ以上に女子全員の一体感を感じる拍手は何故だ。黄色い歓声から歓喜の雄叫びみたいなものまで。
一部の男子も拍手をしているが、女装に興味でもあるのだろうか。
──女子は何だって男子の女装が好きなんだろう……
出そうになる溜め息を噛み殺す代わりに、自然と眉間にシワが寄る。
「女子は全員衣装作成とかメイクとかの裏方、男子は舞台に出ない奴が裏方です」
「じゃあ、配役を決めたいと思いまーす」
役員の女子の方がそう言って黒板に役名を書いていく。その光景を見つめる鈴の頭では、久しぶりに警告音が鳴り響いている。
──……気のせいにしたい
そう思っても、先程から感じる視線が気のせいにはしてくれそうもない。
「はいっ、じゃあ男子諸君! 何かやりたい役はあるか……と聞く前に、メインを決めちゃいたいと思いまーす!」
流石と言わんばかりの先回り。
推したい生徒が他に行く前に押さえておこうというところだ。
「じゃあ、シンデレラが良い人!」
張り切って聞いたところでメインの女装確定役を立候補する訳もなく、どことなく男子全員が黒板から目を反らしている。
「もー、積極的に参加してくれないと決まらないでしょー」
「まぁまぁ、男子自ら女装する役に立候補は難しいだろ。ここは女子の目でメインを決めたらどうだろう? 見た目にうる……いや、こだわるだろ」
ヒートアップしてる相方の女子を宥める男子がうっかり問題発言しそうになるのを訂正しつつ、一番手っ取り早い提案をした。その発言により、女子全員の目が光り、「さんせー!」と声が揃った。何て事をしてくれたんだ男子役員め、と思っても後の祭り。示し合わせたかのように複数の女子が手を挙げ
「「水無森くんが良いと思いまーす」」
ほら、きた。
予想通りの展開に、溜め息さえ出ない。黒板に書かれていく自分の名前をどこか遠くに見つめながら、腹を括る覚悟を決める。
「他にはいませんかー? いないようなので、水無森くんに決定しまーす」
形式上確認しただけで即決され、男女問わず同意の拍手が贈られた。
「…鈴、目死んでる」
「…死ぬだろ」
賑やかな音に乗じてコソッと隣から様子を窺うゼロに前を向いたまま答え、諦めの眼差しで黒板の名前を見つめる。拒否するのも面倒になっている鈴を置いて、次に回ってきたのは王子の役。これも何となく予想はできていて。
「じゃあ、王子役も女子目線で決めたいと思います。推薦したい人ー」
「「はーい!」」
ここでもやはり複数手が上がり、一人代表で指された。
「私は、時川くんが良いと思います!」
「時川……と」
「他にはいますかー?」
「松原くんも良いと思いまーす」
最初から決まっていたかのようにスイスイと進み、黒板に二人の名前が並ぶ。
──予想通りの名前だな
こういう時、必ず松原が選ばれるのは小中高と変わらずで、そこに今年はゼロが加わったので、絶対この二人が呼ばれると思った。選ぶとしたら投票になるだろう。
「他にはいないようですね。じゃあ、王子候補に二人の名前が上がりましたので、投票で「ちょっと待って」
案の定、投票を提案しようとした女子役員の言葉を突然遮ったのは松原本人で、全員の視線が集中する。
「俺、王子よりママやりたいんだけどダメ?」
予想外の立候補に教室中がざわめく。そのみんなの声を代表して、女子役員が問いかけた。
「え、女装だよ!?」
「うん。でも鈴のママ務まるのは俺しかいないだろうし、みんな、俺の女装見たくない?」
「松原くんはママに決定で!」
動転していたのも束の間、小首を傾げながらの爽やかな笑みに負けて役が即決された。
黒板の名前が書き換えられ、王子にゼロの名前、義母に松原の名前が書かれる。周りからも異議の声が上がらないので、満足の配役なんだろう。
チラッと松原に視線を投げれば、返ってきたのはいつもの笑み。この幼馴染みはむしろこだわりを持って女装をやり遂げてしまうだろう。しかも、千鶴と楽しんでる様子が容易に浮かんで、小さく溜め息を零した。
──まぁ、二人となら俺もやりやすいけど
重要人物は気兼ねない相手の方がやりやすい。どうも自分相手では周りが緊張するようだから。
視線を戻す時、ふっと隣のゼロとも目が合って、口パクで「よろしく」と伝えられる。それに先程と違って小さな笑みで応えた鈴はその後、女装の犠牲者の名前を同志の眼差しで見つめていた。
「あー、水無森と松原は分かっけど、俺まで女装組だとは思わなかったぜ……」
ホームルーム終了後、帰り支度をしながら酒月が呆けた声で呟くのが聞こえてきた。その肩をポンポンと松原が叩く。
「決まっちゃったものはしょうがないでしょう」
「だってさぁ、松原はまあ、でけぇ母ちゃんになるけど綺麗系で水無森は綺麗と可愛い両方だから分かんじゃん。松原に至っては自分から選んだけどさ。でも俺、筋肉バカだぜ!? 確かに野球部にしちゃちっちゃいけど筋肉あるし、何も妹にしなくたってさぁ」
「あー、女子は可愛いっつってるもんな」
「だしょ!? そこだよ、そこ! 男子としてどうっつーさ」
「はーい、僕達も男子でーす」
口を尖らせ腑に落ちない顔で不満を口にする酒月へ、松原が鈴の肩を抱き、反対側の手を上げてアピールする。鈴の方はもう昔から言われ慣れ過ぎて反応なし。
確かに女装姿を全校生徒の前で披露するのはどうかと思うが、いつもノリがいい酒月がここまでウダウダとしてるのは珍しい。しかし、その理由はすぐに判明した。
「酒月くん!」
ドアの方から女の子の声がして、四人でそちらに視線を向けた。
そこにいたのは副生徒会長の星野で。
「あ、じゃあ俺、帰るな!」
「おう、じゃあな」
「また明日」
嬉しそうに鞄を取る酒月に挨拶を返して、会釈をする星野にも三人で手を振って見送る。廊下から「待たせてごめんね」など聞こえてきて、松原がふふっと柔らかい笑みを浮かべた。
「彼女出来たんだね」
「だから女装渋ってんのか」
松原の言葉に納得といった感じでゼロが同意する。
あの二人が付き合うのは予想外だったが、思い返せば星野は献身的に応援をしていた。
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