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そこに写る女の子の顔は、紛れもなく鈴と瓜二つで。
「どう、いう……」
「貴方を見た瞬間、あの子の相手だと確信したわ。彼女の名前はラナン。ゼロの初恋にして、見殺しにした相手よ」
「見、殺し……?」
冷たく響いた言葉に思考回路が上手く動作をしてくれず、ピタリと止まってしまう。
自分と全く同じ顔の彼女が初恋の相手で、それを
──ゼロが、見殺しにした……?
現実味を帯びない話に言葉が詰まる。そこに追い討ちをかけるが如く、リグレットが続きを話した。
「ラナは聖女と呼ばれ、教会に身を捧げたシスターだったの。神への貢ぎ物として祭られる……教会の外へ出る事も許されず、礼拝の時にしか会う事のない聖なる存在としてね」
当時、天災も多く、不作が長い間続いていた。
その年、教会の前に一人の赤子が捨てられ、その子を孤児院で育て始めると、天災は止み、作物が豊富に育ち始めていく。それを民は喜び、彼女を神の遣いだと賞賛し、“聖女”として崇めるようになった。
成長する度に綺麗になる彼女を俗世から離し、教会の奥で育てる事にした牧師達は、頑なに外へ出るのを禁じた。
俗世に触れる事は罪だと、他者に触れる事は大罪だと。ただ神だけの聖女であれ、と育てられた彼女は無垢で純粋な子供で。
軟禁状態のラナンは唯一、一つだけ付けられた格子窓から外を見るのが楽しみだった。
リグレットが初めて出会ったのは、ラナンが10才の時。深夜、教会の裏側の森へ出ると、偶然にも外を眺める彼女と目が合ってしまった。
「あの時、私が友達にならなければ、彼女は他者に心を傾ける事はなかったのかもしれない。けれど私は、純粋なラナに楽しみを与えたかった」
牧師達には内緒で時折、深夜に格子越しに話をする。外の世界を知らないラナンはそれだけで喜んだ。
「何年か経って、ある日、彼女の口からゼロの名前が出たの。私達を姉弟だと知って、似てるのねって笑ったわ」
いつかゼロもここへ辿り着くと思っていた。
それほど彼女は純真無垢で真っ白な明るい光の存在。
そしてその出会いは、ラナンまで変えた。初めて話した異性で、あれだけの優しさに触れれば必然──ラナンはゼロに恋をした。
ゼロも彼女に想いを寄せていたが、互いに告げる事なく逢瀬の日が過ぎていき
「でも、それは長くは続かなかった。ある日、二人の逢瀬が話し声に気付いた牧師達に見つかったの。彼らに穢れだと拷問されるラナンを、ゼロは我が身を取って見捨てて逃げ出し……教会へ火を点けて彼女ごと全員を殺したのよ」
「そんな……」
「結局、あの子は優しすぎるが故に一族を取ったの。私達の存在が外に漏れないように、愛していたはずの子を見捨てて」
衝撃的だった。
あの明るさの裏にそんな暗い過去があったなんて。
「……ゼロは、ラナに似ている貴方を幸せにする事で、罪を償おうとしてるのかもしれない。だから、一族へ引き込む事を躊躇っている」
「……っ」
「あの子は貴方と共に幸せになるのではなく、貴方が幸せになる事を望んでいるのではないかしら」
好きだ、と彼は優しくキスをしてくれる。
大きな手で強く抱き締めてくれる。
でもそれは、かつて愛した彼女を遠くに見つめてしていた事だとしたら。
──それが本当なら、こんな惨めな話はない……
彼の口から聞くまでは、と思っていたが、これは到底話せる内容ではない。
「……泣かないで。それほどまでに、あの子を愛してくれたのね」
「え……」
リグレットの言葉に促されて頬に触れれば、指先が濡れて泣いているのだと自覚する。向かいから伸ばされた冷たい手に頬を撫でられ、気恥ずかしさにカッと赤くなった。
「すいません、俺……っ」
反射的に謝る鈴は、不意に途中で遮られて目を丸くした。痺れた頭ではすぐにリグレットにキスをされているのだと認識できず、反応が遅れてしまう。舌に犬歯が軽く当たった痛みで我に返り、彼女の肩を押し返す。
「何を……!?」
「私なら貴方を心から愛してあげる。あの子と違って、貴方を裏切らずに守るわ」
「っ……帰ります」
“裏切り”という言葉が鋭く胸を抉り、鈴は無造作に鞄を掴んで駆け出した。リグレットが後を追いかけて来ないと分かっていても、無我夢中で走り続けて。
ゼロの過去、罪、リグレットの誘惑。
途中で降り出した雨で流れてしまえば良かったのに、心を黒く濁して消えてはくれなかった。
「……ただいま」
ずぶ濡れのまま玄関へ入ると、ちょうど階段から下りてきた千鶴と鉢合わせた。
「ちょ、鈴兄!? 待って、今タオル持ってくるから!」
慌ててバスルームに駆け込んでタオルを持ってきた彼女に頭から掛けられ、お風呂に入るよう勧められる。着替えは奏が持って行くからと言われて申し訳なくなったが、このまま部屋中を汚すのは躊躇われて素直に頷く。その足でバスルームへ入り、脱衣所のドアを閉めると、自然と溜め息が零れた。
──息苦しい……
久しぶりに感じる苦しさに眉間にシワを寄せながらずぶ濡れの制服を洗濯機に入れて、浴室へ足を向ける。シャワーヘッドから出るお湯は冷えた身体には軽く痛いほどであったが、意識を現実へ引き戻すにはちょうど良い。
一方的ではなく、本当の事なのかゼロに確かめたいのに、怖さに俯いてしまう。これを聞けば、リグレットに会った事もバレる。
──仲が悪いのは、これがあるから……?
リグレットにとっては親友だったラナン。
それを奪ったのはゼロ。
「俺は……」
今のゼロを信じたい。
だけど、反応が怖い。
──もう一度、化粧をしてみたら……
今日の稽古中、あまり目を合わさなかったなと思い出す。
あの時の姿がラナンにそっくりだったとしたら。
もし、ゼロが罪悪感を抱いていたのだとしたら。
ラナンの顔は先程、写真を見たので覚えている。改めて自分を見たら、彼女の言葉の意味が何か分かるだろうか。
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