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大分身体も温まったのでシャワーを止めて上がり、用意されていた着替えに袖を通す。
──あ……戻る前にお礼を言おう……
そう思ってバスルームから出ると、その足でリビングへ顔を出した。上手く笑えるか不安だが、後になればもっと難しくなるだろうから。
「千鶴、奏」
「あ、鈴兄」
「……あったまった?」
「ああ、有難う」
「どう、いたしまして」
寛ぐ二人にお礼を伝え、奏のスローテンポの話し方に癒される。奏の頭を撫でてから踵を返すと、部屋に戻るのを空気で読み、千鶴がソファーから立とうとしながら問う。
「飲み物持ってく?」
「いや、良い。荷物も有難う」
「いえいえ。てか、何で化粧ポーチ?」
「文化祭の劇用だ。練習しておけと」
「ふふふ、お手伝いしましょうか?」
「誠一にでもやってやれ」
鈴が断ったので、立つのを止めた千鶴がソファーの背凭れ越しに話かけてきた。それをちゃんと受け答えできている自分に心の中で安堵し、リビングを後にした。
もうこれ以上、二人には心配をかけたくない。
階段を上る前に玄関を確認すると、まだゼロは帰っていないらしい。どこか安心しつつ自室に入り、机の上に化粧品を並べていく。鏡を前に昼間、女子にされていた通りに道具を滑らせていけば、自分の顔が更に女性寄りに変わっていくのを自覚する。
カタッと最後の道具を置き、鏡の中の自分を見つめれば
「本当……嫌になるぐらい似てる」
目元、鼻、唇、全てが彼女と瓜二つで。
この顔でなければ、ゼロと出会う事もなかった。この顔だから付き合えた。
「……バカみたいだ」
化粧をしてまで確認して、勝手に傷付いて。
“ラナ……”
あの時、呟いたゼロの声が、ずっと頭の中を巡る。
──……俺は、初恋相手を重ねて見られてるって事か……
でなければ、男の自分なんかを好きになるはずない。
男の身体を抱くなんてできる訳が──
どんどん深みにはまっていく思考も、ゼロを疑ってしまう自身も嫌になる。自然と零れた涙がポタポタと、倒した鏡の上に落ちていく。
自分の中にある好きな気持ちと疑う気持ちがグチャグチャに混ざって胸も頭も痛い。
俯いて頭を抱えていると、不意に自室のドアが開き
「鈴、雨平気だったか?」
同時に届いた声に我に返って、反射的に振り返った先にいたゼロと目が合ってしまった。涙も拭わずに。
「……何で、泣いてんだよ?」
「……っ」
当然、驚く反応を見せるゼロに、慌てて顔を腕で隠して席を立つ。居たたまれない気持ちに彼を横切ろうとするも、狭いドアの前では当然腕を掴んで止められる。
その瞬間、ドクンと一瞬だけ血が沸騰したような感覚が身体を流れた。
「おい、何か「離せっ、見るな!」
呼び止める言葉を遮る鋭い声に、ゼロだけでなく自身も驚く。切羽詰まった声を訝しむのは空気で伝わるが、顔を見たら完全に泣いてしまいそうで。
「鈴……?」
「……化粧、落としてくる」
驚きで緩んでいた手を振り解き、階下にあるバスルームへと逃げ込んだ。カチャッと鍵を掛け、無意識に視線を上げれば、洗面台の鏡が目に入る。
「……中途半端なんだな、俺が」
女の顔をして、身体つきも華奢なのに、肝心なところは男で。
涙で視界がぼやけて、鏡に映る姿も滲んでいく。ズルズルとドアを滑るようにして足が崩れ、その場に座り込んだ。
死ぬ事のない一生の中で、女の子であれば子を宿したり、相手との生活に変化をつける事ができる。
なら、男ではどうだろうか。長く続く生に何も変化を起こす事もできず、不変の時をどうする事もできずにただ飽きられていくだろう。
元々、女の子が好きなのであれば、彼の心が移るのも必然だ。どんなに抱かれても孕む事のないこの身体は、柔らかさも魅力もない。
「……また、傷付けたな……」
安易に気持ちに乗りすぎたのだ。
好きだという気持ちを抑えて、ちゃんと女の子との恋愛を勧めていれば、彼は過去の罪に捕らわれずに新しい恋を始められていたはずなのに。
──なんて綺麗事だ
結局、好きのままなのだから。
「リグレットさんはどうして、こんな……」
ゼロの過去を鈴に伝えて、キスをしてきた。
過去の話をすればゼロを嫌いになるとでも思ったのか。
女性にキスをされれば目が覚めると思ったのか。
──……嫌いには、なれない……
ゼロの行いが人道的に許されない事だと分かっても、一族全体を守るための優しさは否定できない。そんなゼロを好きだからこそ、今の自分への愛が本物なのか、自身への断罪による行いなのか迷ってしまう。
“好きだ……鈴……”
あの甘い囁きが嘘であったなら、と考えると怖い。
一族を取ってもいい。
血の繋がった家族を思うなら、捨てられても構わない。
ただ、罪を償うために愛されていた事が偽りだというのだけは嫌だ。
誰かの代わりなんて。
「……俺にはお前の代わりなんて、いないんだよ……」
そっと目を閉じて呟いた言葉は、涙の雫と共に落ちた。
“ラナン”ではなく“水無森鈴”として貴方に愛されたいと願う俺は罪ですか……──
「さっきは……ごめん」
就寝前、自室で二人になったところでゼロに謝った。
気持ちを落ち着かせるために先程まで家族揃ってリビングにいたので夕方以来だ。
自分勝手に振る舞ったせいで反応が怖くて真っ直ぐゼロを見れず、ドアから動けないまま軽く俯いて返事を待つ。すると、ポンポンと布を叩く音がして顔を上げれば
「こっち来れば?」
ベッドに座るゼロが隣を示して安心させるように柔らかく微笑む。それに促されて隣へ座ると、まだ少し湿気を帯びた髪を梳かれた。
「何でも話せとは言わねぇけどさ、ツラくなる前に言えよ。俺でも、松原にでも良いから」
「……大丈夫、問題ない」
「問題なかったら泣かないっつの」
チュッと目尻に口付けるくすぐったい感触に、自然と笑いが零れた。これが正直な自分の想い。
──うん……大丈夫だ
今度リグレットに会ってもはっきり言える。
ゼロがどう思っていても、自分は彼が好きだから。今更、この優しい手を離してやれるほど俺は大人でもない。
それを自覚した途端、不意に近くにいるゼロから甘い香りがして。
「……ん? この匂い……」
彼は彼で眉間にシワを寄せて首筋に顔を埋めようとする。
ドクンッ──
その瞬間、突然血が騒ぐ感覚に、無意識にドンッとゼロを突き放した。夕方にもあったこの感覚は一体なんなのか。
お互いに思考が回らずキョトンとなったが、鈴が先に我に返る。
「ごめっ、俺」
「いや、俺も急にごめんな。何か知ってるニオイがしてさ」
「え……あ、そうか? 帰りに本屋へ行ったから、似たような匂いの人じゃないか?」
ゼロの指しているのがリグレットのニオイだというのはすぐに気付いた。それを悟られる訳にはいかず苦し紛れの誤魔化しをするが、不意に手首を掴まれ、真っ直ぐに見つめてくる瞳に言葉を失う。
ニオイを嗅ぎ分けられるゼロにそんな嘘は通用しない事など、分かりきっていた。
なのに
「お前に危害がないなら良い。鈴がそう言うなら、俺の気のせいかもしんねぇし」
鈴の言葉を信じ、そっと詫びるように掴んだ手首を撫でて微笑むゼロ。違うんだって叫びそうになって口を噤んだ。
──俺が自分で解決すれば良い話だ……
最初に自ら片足を突っ込んだのだから、自分で拭おう。たとえ拒否できない状況だったとしても、あの時、強い態度で毅然としていれば、つけ入られずに済んだのだから。
「ゼロ、有難う」
「おう」
撫でる手を逆手に取って、そっと指を絡める。
大きくて骨張った手は、今まで色々な人に触れてきただろう。
この手で守った事も、傷付けた事も、抱き締めた事もあっただろう。
少しタコのある皮膚に触れ、お疲れ様と労いを込めて撫でるように指を滑らせて繋がりを解くと、今度はゼロに結ばれた。その戯れがくすぐったい。
「ゼロ……」
「ん?」
「……好きだよ」
不意打ちの告白に、目の前の顔がキョトンとなる。
「どうした、急に」
「何となく言いたくなった」
たまにはこちらから伝えたい。
淡く微笑んでそう告げる鈴に、はにかみながらゼロが額にキスを贈った。
「俺も、鈴が一番好きだよ」
たったその一言に、胸が痛いぐらい熱くなる。
目の前には穏やかに微笑む彼の存在。
それだけで俺は、単純なほど幸せを感じるんだ……──
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