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「ラナンと同じ顔でそんな事を言うのね。昔からそう……あの子だけがいつも愛されて……」
「違いますっ、ゼロは貴女を「黙りなさいっ」
反論する鈴を今までにない高圧的な声で言葉を遮るリグレットからは、感情の揺らぎが垣間見える。
後悔と憎しみと──望み。
「何も知らないくせに……永く生きる中で、忘れられない事が、思い出がどれだけ不要なものなのか……だから、あの子の幸せは私が壊すの」
「え……」
それはまるで自分自身に言い聞かせるような。
最後はそれを隠す建て前の言葉。
彼女を理解してる訳ではない鈴には、引っかかる答えが見付からない。
どうしても違和感のある態度から目を離せずにいる鈴にふっと笑みを浮かべ、後頭部の髪を掴んで上を向かせたリグレットは、今度はちゃんと唾液を飲み込むように深く口付けた。抵抗しようともがく度に鎖の音が激しく響くが、次第に弱まり、徐々に力が抜けていくのを自覚する。ようやく唇を離したリグレットは、虚ろになった蒼い瞳を見下ろして優しい口調で呟いた。
「貴方は吸血鬼に捕まった哀れな仔羊ね」
学校も終わり、真っ直ぐに家へ帰るゼロは、近付くごとにやけに鈴のニオイが強くなっている事に首を傾げる。勿論、いつも生活している場所だから当然だが、千鶴達のニオイを消すほどいつもより濃い。
先程、抱き合った時のままの制服を着ているせいだろうか。
それとも出かけた残り香か。
──あの身体で出かけられるとは思わねぇけど
「ただいま」
声を掛けながら玄関に入り、並んだ靴をチェックすれば、ちゃんと鈴のが置いてある。なら、彼は部屋にいるはず。
「あ、おかえり零くん」
警戒し過ぎかと考えていると、ちょうどリビングから出て来た千鶴が声を掛けてきたので、顔を上げて笑顔を作った。
「ただいま」
「あれ? お兄ちゃんと一緒じゃないの?」
首を傾げた彼女の何気ないその一言に、顔が強張るのが分かる。不安を否定して欲しくて、ぎこちなく口が動く。
「え……いや、部屋で寝てねぇ?」
「ううん。靴が置いてあるから具合悪いのかなって部屋覗いたんだけど、いなかったよ」
その返事に弾かれたように階段を駆け上がり、乱暴にドアを開ける。
「……嘘、だろ」
ベッドの上の掛け布団は起き上がった時のままの状態で。
──鈴は一人で出て行ったんじゃない
いつも起きたら直す彼の習慣を思い出し、逸る気持ちを抑えて他に変わった場所がないかを探る。窓も全て閉められた部屋を見渡したゼロは、不意にベランダの鍵に目がいった。下がったレバーに気付き、慌ててベランダの窓を開けば、一層強いニオイが風に乗って鼻を刺激する。
──……鈴の……血だ……
不安で胸を打つ一際高い鼓動に背中を押され、急いで部屋を出ようと振り返った先に千鶴が立っていて。
「零くん、どうかした?」
尋常ではない様子に心配で窺いに来たのだろう。表情からそれを読み取り、どう説明したものか困った笑みを浮かべる。
彼女に不安を抱かせては駄目だ。恋人の大事な家族なんだから。
俺の問題で、誰も傷付けたくない。
「ちょっと、鈴迎えに行ってくんな」
それだけ伝えて、擦れ違い様に頭をポンポンと撫でる。
非日常を日常に戻してあげなくては。
階段を駆け下りた勢いで、靴を履くのも疎かに玄関を飛び出す。
姉の存在を知っていながら一人にした俺がバカだったんだ。いや、それ以前に、彼女の視線を一瞬でも感じたあの時に、もっと疑わなくてはいけなかった。
もっと早く、鈴を手放してあげていれば、こんな巻き込まずに、傷付ける事もなかった。
──俺なんかが、好きになっちゃいけなかったんだ
所詮は異質な存在。
奪うだけしかできない吸血鬼が恋をして良い相手ではないと、何度同じ過ちを繰り返すのだろう。両親が婚約者を望んだとしても。リグレットを止めたとしても。
──今度こそ……守る
守った後は鈴が決めれば良い。きっとこんな怖い思いをしたなら、鈴だって考え直す。
──俺は、好きになってもらっただけで十分。今までの温かい気持ちだけで生きていける
痛みを覚える胸を抑えつけ、鈴の血のニオイがする方向へ人知れず駆け抜けた。
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