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大切な人を永遠に失った痛みを知るゼロは、鈴の言葉の意味を読み、戸惑いに瞳が揺れる。
リグレットが先程言った事も理解できる。幸せな思い出と失った痛みを抱いて永い時を生きていくぐらいなら、最初から何もない方が良いと。
終わりのある人間には死ねない生がどんなに辛いものかは分からないし、もしかしたら今がその運命から解き放ってやれるチャンスなのかもしれない。
けれど、やっと傍にいられるのに、また彼がいない生活に戻るなど、考えただけで苦しい。
──……一生に一度の我が儘ぐらい、盛大に言わせてくれるよな。許してくれるよな、ゼロ……
「俺を、お前と同じにしてくれ……一緒に生きられるのなら、人間でなくても良い」
もう迷いなんてとうの昔に捨てた。
今度は俺がお前の傍にずっといるから。たくさん喧嘩して、たくさん笑い合って、変わらずこの先もずっと一緒にいよう──
揺るぎない鈴の瞳を見つめ、忘れていたラナンの最後の言葉を思い出したゼロが覚悟を決めたようにくっと笑った。
自分の身を犠牲にして、運命から救おうとしたラナン。
犠牲ではなく、共に生きる事を選んだ鈴。
いつも一歩先で違う答えを広げてる鈴には、きっとこの先もずっと敵わない。
「……はは、だから、鈴を好きになったんだ」
「ゼロ……」
吹っ切れたゼロにうなじに回された手でグイッと強引に引き寄せられ、熱い吐息が唇にかかる距離で見つめ合う。
「……良いのか?」
「構わない」
「上手くいかなかったら、死ぬかもしれないんだぜ」
「そうなったら、お前も一緒だろ」
「もし吸血鬼になったら、自由に死ねないんだぞ……一生」
「お前と一緒に生きると決めたんだ。ゼロと二人でなら、どんなに永くても良いよ」
ひとつひとつ確認するやりとりが、単純だけど嬉しくて、大事にされてるんだと実感する。
不安な時、いつもゼロから貰ってばかりだから、自分からも言おう。
「愛してるよ、ゼロ……」
愛しそうに微笑む鈴に珍しくくすぐったそうに笑い、「俺も愛してる」と甘く響かせて首の付け根に歯を立てた。
当然痛みを覚悟していたが、肌に歯が刺さっている違和感があるだけだ。ギュッと抱き締められる腕の強さと、血を吸われている感覚に背中がゾクリと粟立つ。
次第にバクバクと強く鼓動を打ち始め、体内に何かが混ざっているのだと思った。それに伴い身体が熱くなっていき、貧血のように頭の中がグラグラと揺れる感覚にしがみつくゼロの背中に爪を立て、そのまま意識を手放した。
気付けば先程とは違う、また知らぬ洋館の景色が目の前に広がっている。
それから、今よりも幼いが、目の前に立つ女の子は間違いなくリグレットだ。視界の端に映る小さい手が伸ばされた先の彼女の手の中には本が握られ、こちらを表情もなく見下していて。
『……その本、お姉ちゃんにあげる』
やがて諦めたように下ろされた手に、彼女が怒った表情を見せる。
『何で怒んないのよ!?』
『だって……僕もう読んだから、大丈夫……』
『……あっそ』
見ている視界が足元へと移り、女の子の黒い靴が踵を返していき、パタンとドアが閉まる音がした。
今のやりとりで、自分が見ているのはゼロの記憶なんだと気付く。ゼロの吸血鬼の血が体内で混ざった事により、自分も記憶を見る事ができるようになってしまったらしい。
彼は声も高く、視界が低いことから、まだ幼い頃の記憶だろう。
視線は床のままで、トボトボ歩き出して部屋を出る。部屋の内装もそうだが、広く長い廊下を見たところ、かなり大きく豪華な洋館だと想像が付く。
日中でも薄暗い廊下をゆっくりと歩いて、ふっと上がった視界に映るのはよく海外で見る公園にあるような大きめなダストボックスと
──あれは、さっきの本……
口からはみ出して無造作にそこへ捨てられた本に手を伸ばして拾い、じっと表紙を見つめた後、それを持っていくゼロ。
そこで急に視界がぶれ、次に映ったのは殺風景な部屋の中。姿見に映るのは少年の姿のゼロだ。人間で言えば中学生ぐらい。
彼はベッドの上に片膝を立てて座り、ぼんやりとしていて。着ているシャツに微かに血の痕を見付けたが、過去なのだからと焦る気持ちを抑える。
『俺が大事に思ったものは、全部姉さんに壊されるんだ……だったら、もう何もいらない。俺が大事に思わなきゃ、何も……誰も傷付かない』
そう言って見つめた手のひらを握り締め、うずくまる姿に胸が苦しくなって痛い。
──……なんて悲しい関係だ……
彼女も最初の接し方を間違えてしまって、それの戻し方も分からないままで。何度繰り返しても怒らず譲るゼロに苛立ち、劣等感が募ってこじれてしまった。
愛情の繋ぎ方を知らないリグレットと、愛情の伝え方を間違えてしまったゼロと。
きっと、リグレットは姉弟として、家族として、ゼロと対等でいたかったんだろう。けれど、反発せず譲ってしまう彼を、傷付ける事でしか存在を示せなかった。
暗くなった視界が次に映したのはラナンの顔。伏し目がちに視線を落とし、ゼロの手を握りながら伝えた内容はあまりにも残酷で。
『私の血をあげるわ、ゼロ。貴方の運命を変えられるのなら、私は死んでも構わない』
それを聞いたゼロの感情に同調するみたいに鼓動が速まる。
──それは違うよ、ラナンさん。一緒に生きなくちゃ、ゼロには意味がないんだ
この言葉で、ゼロが血を吸うのを躊躇った理由が分かった。
きっと、出逢った頃のゼロは吸血鬼としての精一杯の強がりを自分自身にも見せていたんだ。
最初から鈴の血を吸うつもりなんてなかった。
『……俺は……俺は誰かを犠牲にして生きたくない! お前が死んでまで、俺は……』
柵から伸ばしていた手でラナンの肩を押し返して距離を取り、じっと見つめ合う。
彼女の大きな瞳に映る、悲しみで傷付いたゼロの顔。やるせなさそうに下唇を噛み、彼女から視線を反らしたところで視界が再びぶれた。
まるでフィルムを繋いだ映画を見てる気分だ。
果たして今、自分は生きてるのだろうか。
今度も映し出されたのはラナンの姿。彼女は刃の長いナイフを手に、こちらを向いている。
『ラナ……何をしているの……』
てっきりゼロの記憶だと思っていたら、聞こえてきたのは女性の声。
その正体はすぐに分かった。
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