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それから視線を移し、座り込むリグレットにも笑みを向けた。
「でも一番の未練はリグレット……貴方にずっと謝りたかった」
未だ放心状態のリグレットの前でしゃがみ、実春はそっと肩を抱き寄せる。
「貴方の優しい心を、悲しみで永い間縛り付けてしまった。ごめんなさい……貴方が、生きてて良かった……」
「貴方が、ラナの生まれ変わり……? 鈴が、ラナじゃなかったの……」
その口振りから、リグレットが鈴をラナンの生まれ変わりだと勘違いをしていた事を知る。
守れなかったゼロの後悔を知っていたから、再びラナンと結ばれたと思い、今度こそその手で守らせたかったのかもしれない。
鈴をラナンと重ね合わせていたのはリグレットの方。
彼女はずっと過去に囚われていたんだ。
「……やっぱりリグレットさんは、ラナンさんを殺してなかったんですね」
先程の過去の映像で確信を得た事を告げると、弾かれたように鈴へ視線を向けるので、ゼロから離れて彼女に近付いた。こちらを見上げる彼女は、不思議そうな色を浮かべた目を潤ませている。
「どうしてそれを……鈴はどうして嘘だって分かったの……あんなに手荒な真似をしたのよ? 何で私を理解しようとするのよ……っ」
「俺の後輩に、似ているんです。後悔していながら素直に言えない。けれど、剣を交えながら、リグレットさんは仕草の端々でゼロに殺されたいと伝えていました。でも、本当にラナンさんを自分の手に掛けてしまっていたなら、大切なものを自分の手で失う怖さを知っているはずです。ゼロを大切に思う貴方が同じ事を強要するはずがない」
その怖さを知らないから、ゼロへの罪滅ぼしに命を代わりにする事を選んだ。それ以上に彼女もまた、ラナンと同じ思いを抱いていた。
苦しみ、悲しみからの解放を──
「本当は、死ぬ理由が欲しかっただけじゃないですか」
核心を突く言葉に、リグレットはようやく溜まっていた涙を零した。
死ぬ理由に俺を使うな、と鈴がゼロに叫んだ言葉。
愛する人を置いていく大義名分が欲しいのは分かる。しかし、死ぬ理由に使われた相手は失った後、どういう気持ちで生きろと言うのか。
「っ……ごめ、なさい……っ、ごめんなさい、鈴! 貴方をこんな危険な目に合わせるつもりはなかったの! ごめんなさい……っ」
「大丈夫です。みんな、生きてます」
「ごめんなさい、ゼロ……ごめんね……っ」
どれだけ残酷な事をしていたのかを理解し、膝を突いた鈴にしがみついて素直に泣きじゃくる。
人の前では大人で良い姉を演じ、本当の自分を見てもらえないフラストレーションを弟にぶつけてしまい、それがまた彼女を追い詰めた。
本当はこんなにも幼くて、優しい人。どんな言葉を吐きながらも、ゼロを大切に思う気持ちは本物だった。
トントンと泣き止むまで優しく背を叩き、リグレットの呼吸が落ち着いたところで身体を離した鈴は、後ろで話を聞いていたゼロを振り返る。
彼は初めて知る姉の本心に触れ、どうしたら良いのか困ったようにソワソワとした様子で口を尖らせていて。
こっちも子供みたいだ、と笑みが零れる。
本当はゼロだって歩み寄りたいが、永過ぎてしまったわだかまりが行動を躊躇わせていた。
「ゼロ達は姉弟なんだから、今からだって遅くないよ」
俯いてしまったゼロに優しく声をかけると、ビックリした顔で鈴を見るから、もう一度優しく笑って名前を呼んだ。
「ゼロ」
棘を包み込む甘さを含んだ柔らかな声に、ゼロが一歩一歩ゆっくりと近付いてくる。鈴の隣へ立ったゼロは、濡れた瞳で真っ直ぐに見上げてくるリグレットに向かって手を差し伸べ
「許すとか、許さねぇとかどうでもいいし……俺の姉さんはアンタだけだから……今からでも、やり直してぇんだけど」
少し恥ずかしそうに、ぶっきらぼうに伝えられたゼロの本当の気持ち。
止まった涙がまた溢れ出し、ゼロの手を掴んで引き寄せたリグレットは、二人に手を伸ばしていっぺんに抱き寄せた。鈴とゼロの肩に額を当てて泣くリグレットの横顔は冷徹さを失い、とても晴れやかで穏やかだ。
「……私は、母親失格ね」
三人の光景を静かに見守っていたシェスタの呟きに、実春は視線で続きを促す。
「私はリグレットが良い子を演じていたのを見抜いてあげられなかった。でも、鈴はあの子の苦しみを見抜いてくれた……その上、仲直りまでさせてしまうなんて。さすがは貴方の子ね」
「当然よ。鈴は私の、水無森家の自慢の長男なんだから」
「そうね。貴方の家に預けて正解だったわ」
シェスタの賞賛に目を潤ませながら、誇らしげに鈴を見つめる実春の眼差し。
シェスタも母親として、ラナンを失ってから部屋に閉じこもったまま枯れた生活をする息子に、もっと広い世界と本当にお互いを思いやれる運命の相手を見付けて欲しくて、花嫁探しと称して屋敷を追い出した。初めはやる気のなかったゼロがまさか、こんなに大きな愛を手にしてくるなんて、と微笑む。
鈴もゼロと出逢ったからこそ、人の痛みを知り、変わることができた。
互いを必要とする理想的な関係。
「良い人を見付けたわね、ゼロ」
「……おう、最高の嫁だろ」
三人に近付いて感慨深くゼロにそう告げると、自分に視線が集まる中、ゆっくりと鈴に頭を下げた。
「愚息を宜しくお願い致します」
あの後、全員で水無森家へ帰宅し、突然の訪問客に千鶴と奏は驚きながらも快く受け入れた。ゼロが初めて来た時と同じ光景。
遅めの夕食をみんなで囲み、下二人が就寝してから久しぶりにメア家の三人だけで話すのかと思いきや、記憶を持つ実春と巻き込まれた鈴も含めて過去の話で盛り上がる。
実のところ実春も気になっていたらしい“ラナンと鈴がそっくり”事件は、シェスタに「似てないわ」と一刀両断されてしまって。彼女いわく
「確かにパーツは似てるわよ? でも、ラナンは可愛いのよ。対して、鈴は綺麗なのよ。綺麗と可愛いを一緒にしないで下さる?」
と、リグレットと同じ口調できっぱりと否定された。
あの無駄に悩んだ時間を返して欲しい。
「あ、そうだ。これ返す」
そう言って外した指輪をシェスタに差し出すと、彼女はその手を押し返して微笑んだ。
「貴方が運命の相手と出逢えた証よ。持っていなさい」
「運命の相手?」
「その指輪は運命の相手の手で外れるの。ひとつ、ルビーが黒くなっているでしょう? 一度、鈴の手で外れたのではなくて」
「え!? …マジか」
初めて聞いた真実に驚くゼロの横から鈴も指輪を確認すると、確かに一ヶ所黒くなっていた。
「ゼロ、貴方が今までに感じていたものとは比べものにならないほどに、鈴の香りは甘く甘く感じたはずよ。そんな運命の相手と出逢えるのは、とても奇跡的な事…」
そう言われて、シェスタもミックと出逢った時にそう感じた、とゼロが話していたのを思い出す。俺達もそんな縁に導かれて結ばれたんだ、と何気なくゼロに視線を向けると彼とかち合い、互いに照れて慌てて顔を反らす。
「ふふっ、貴方もいい年してまだそんな初々しさも残っていたのね」
「うぅ、うるせぇな!」
シェスタの指摘に恥ずかしさから顔を真っ赤にして悪態をつくゼロに、つられた鈴も耳まで真っ赤になる。それを実春とリグレットが微笑ましく見つめている今の時間は、ここにいる誰もが望んだ幸せの形なのではないだろうか。
それからも今までの時間を取り返すみたいに色々な話を明け方まで続けた。
シェスタは物静かな人なのかと思いきや、実は変なこだわりを持つ人だということが判明し、笑い合う三人はいつの間にか親子のわだかまりも少しずつ溶け始めているようだ。これからはきっと、温かい家族関係になれる。
まだリグレットは遠慮がちだが、ゼロから学校の話を聞く光景はまさに普通の家族で。
校舎に入り込んだことのあるリグレットを羨ましがってみたり、文化祭に興味を示したシェスタは、週末に行われた鈴達の劇を観てから一足先にミックの元へ帰って行った。
そして鈴とゼロはというと
劇の功績として、ベストカップル賞にも選ばれた──
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