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噎せ返るように暑い、夏の日のことだった。
目に眩いオレンジが、万物を照らしだしている。鉄製の表面に埃が目立つ嵌め殺しの窓の外。金魚と海藻の模様が描かれた風鈴が、気怠そうにその身を揺らし、澄んだ音を立てた。
部屋の中は、地獄絵図だった。
1LDKの、小さくて狭い部屋だった。奴の部屋には空のカップ麺やら弁当の箱が散乱していた。玄関ドアを入ってすぐ横手にキッチンがあり、奥は広めの部屋へと続いていた。部屋の最奥の壁にはベランダへと通じる大きな窓があった。あの時、窓は全開で、白いレースカーテンがそよそよと他人行儀に靡いていた。ひぐらしの、物悲しい声が外から聞こえてくる。
キッチンにはぎっしりと物が詰まっていた。冷蔵庫の横にシンク、さらに横にガスコンロ。ガスコンロの上には換気扇がついていた。キッチンの中央部には棒電球があった。紐で引っ張って、パッとつくタイプのものだ。キッチンと奥の部屋には、区切るように横長いテーブルが一つある。テーブルのため、キッチンは人一人がやっと通れる位の酷く狭い空間だった。
あの時、真白は銀色のシンクに手をつくよう命じられていた。夏の日のシンクはびっくりするほどひんやりと冷たくて、あの感触は今でも鮮やかに思い出すことができるほど、記憶にこびりついていた。
当時十二歳の真白の幼い身体は、ギッギッと床が軋む音と共に上下に揺れていた。熱中症か、寝起きか。酷くぼうっとする頭を緩やかに動かす。床が目に入る。今にも腐り落ちてしまいそうな、チョコレート色の木目。茶色い床をキャンバスに眩いオレンジが現実を浮き彫りにしていく。燃えるオレンジの中で、黒い影が踊っている。小さい人間と大きい人間。…いや、踊ってなどいない。大きい人間が、小さい人間の身体を覆うようにして貪り食っている。
不意に大きな手が真白の手を覆った。シンクを握っていた指と指の合間に、男の太くて大きな指が潜り込んでくる。
ぎっぎっ、と煩い音は鳴りやまない。真白の幼い身体はされるがままに動いた。茹るような暑さ。気の遠くなるような他人の温もり。
視界の隅に、また影絵が映る。真白は嗚呼、と瞳を眇める。見たくなんかないのに。そんな惨たらしい現実を、自分に直視させようとするな。しかし意思に反して、瞳は影絵に吸い寄せられていく。大きい人間が、小さい人間の首を…噛んだ。真白の項が、ちくりと傷んだ。
刹那。
男の声がした。耳元で、唸るような声がした。
『今、お前の項を噛んだ。』
真白の円らな瞳から、つー…、と頬へと一筋の涙が伝い落ちていく。声は非情にも続ける。
『αのオレがΩであるお前の項を噛んで、番にしたんだ。』
真白は何故か、この男がαであると知っていた。αやΩという響きはしっかりとした定義として真白の中にまだ存在していないが、ぼんやりとではあるものの大体の意味はわかる。
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