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そんな中、真白が座るベンチの前を歩いていく親子がいる。すらりと背の高い母親と手を繋いで、小さな男の子が隣に並んで一緒に進んでいく。ふと、親子の頭上を蝶がすれ違う。黒いアゲハ蝶。…真白の目には、黒い蝶が夢で見た黄色と黒の小さな蝶に重なっていく。
脳に過ぎるのは、意識の奥深くに仕舞いこんでいたはずの、母親との思い出だった。
真白の父親は仕事で忙しく、決まっていつも一緒に過ごすのは母親だった。あの日は確か、小学校の帰り道、仕事を終えた母親とばったり会って、手を繋いで帰った。
閑静な住宅街を歩いていたら、ふわりと真白達の前を蝶が横切っていく。黒縁に青が見事な蝶だ。真白はわぁっと歓声をあげる。母親はにっこりと微笑んで、真白を見下ろした。
『…シロちゃん、蝶々好きだもんね。』
真白は母の言葉に答えるように、頭を大きく縦に振った。ねえ、知っている知っている??、と幼い真白は母の両脚にまとわりつく。
『蝶々はね、幼虫から蛹になって、大人の蝶々になるんだよ。』
母親は、口元に片拳を添えて、控えめにふふっと微笑んでみせる。
『そうね。メタモルフォーゼね。』
『め…、めたもるふぉーぜ??』
瞬きを繰り返す幼い真白に、そうよ、と母親は優しい表情で語ってきかせる。
『メタモルフォーゼ。…ドイツ語よ。意味は、変身。』
『へんしん…。』
真白は一言呟いて、ぱぁっと顔を輝かせる。
『なんか格好いいね‼“めたもるふぉーぜ”‼』
飛び跳ねる小さな男の子を見て、母親は微笑み続ける。
そうだ、と真白は唐突に思い出す。
真白にとって、蝶は変身の象徴だった。
午後二時を過ぎた頃、真白はのろのろとベンチから立ち上がり、小さく息をついた。そろそろホテルに向かうべき時間帯だ。
ホテルへと移動している間、真白はぼんやりと考える。夢の中。真白は蝶に手を伸ばそうとしていた。変身の象徴である、蝶々を捕まえようとしたのだ。けれど、氷見は捕まえてはならないという。氷見は、幼い子供にとってあの蝶がどんな意味を持っていたのか、知っていたのだろうか…。
答えがないままに考えていると、あっという間にホテルの部屋の前に到着した。ノックをすると、やはりぶっきらぼうな声で『入れ』と命じられた。
部屋に入ってみる。何から何まで、普段通りだ。氷見は奥の机の上のノートパソコンと向き合っているし、室内はどこも整っていて、ベッドの枕元にはリモコンがある。だからやっぱり真白も通常運転で、ベッドの淵に腰かけて、リモコンでテレビの電源をつけた。
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