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「……っ、よし」
朝
仕事へ出かけるアーヴィング様を見送って、パタリを扉を閉めた。
今日は訪ねてくる人はいない。だから、このままずっと1人。
(ロカ様も大丈夫そうだったしな)
お腹も大きくなって、陛下が部屋から出ることを禁じた。この前様子を見に行った時は元気そうだったから、多分順調なんだと思う。
だから今は、僕自身のことに集中しなければ。
ぎゅっと歯を食いしばって、アーヴィング様の棚の前に立つ。
日課になりつつあるこの行動。
今日も深呼吸をして、扉を開けた。
ーー僕は、トラウマを持っている。
恐らく兵士や鎧、剣への。
まさか自ら刺されたあの瞬間がトラウマになるとは、思ってもみなかった。
療養中に度々夢は見たけどそんなに酷いものでは無かったし、身体も元気になって最早過去のことになっていた。
なのに……
「ぁ…っ……く」
このどうしようもなく震える身体は、決して過去にはしてくれない。
怖くて、息苦しくて、涙が滲んで、目を逸らしたくて。
でも
(そんなの、絶対許さない……!)
何度も何度も吸って吐いてを繰り返し、今日も棚の中へ手を伸ばした。
僕は、セグラドルの兵士をまとめるこの国で最も強い騎士団長の番だ。
それなのに剣が怖い? 鎧の音が…兵士が怖い??
ーー笑わせるな。
そんなもの、絶対に許されるわけがない。
強く、逞しい番の隣に立つのに相応しくない。
この棚に並べられている幾つもの勲章は?
数多の戦を勝利へ導いた、その功績を讃えるものだ。
傷だらけのこの鎧は?
アーヴィング様を守り、共に敵へ立ち向かった勇ましいものだ。
では、この何本もの大切に手入れされている 鈍く光る剣は?
(どんな時も寄り添い、長きをもとにしてきた……)
ーー番の、大切な相棒だ。
「っ、くそ……!」
悔しくて、情けなくて涙が滲む。
僕よりずっとずっと前からアーヴィング様を支え守ってきたものたちに、僕はどれだけ失礼なことをしているんだ。
この大切なものたちを〝怖い〟など、〝吐きそう〟など、恥さらしにもほどがある。
アーヴィング様にも申し訳が立たない。
(やっと…心身ともに繋がれたのになぁ……)
リハビリが終わってすぐ抱かれた身体。
自分の奥深くまでアーヴィング様と絡み合えて、驚くほど幸せだった。
運命の番とはこういうものなんだと、これからは共に歩いていけるんだと…そう思っていたのに……
(やめろ)
弱気になるな、諦めるな。
心と身体が離れてしまったのなら、また繋ぎに行けばいい。
「っ……」
コツンと、伸ばした先の鎧へ指先が当たった。
昨日も鎧には触ることができた。
震えていて感覚は無かったけど、でも確かに触れて。
より先へ進みたいとグッと踏み込み、両手を手のひらごと押し当てると、ヒヤリとした温度。
「は…すぅ……はぁ…っ、すぅ……」
浅くなってくる呼吸に注意しながら、鎧の上で指を滑らせていく。
胴、脚、手、そして頭……
威圧感はあるが、部屋の明かりに照らされ光るこの中にはアーヴィング様がいた。
そう思うだけで、びっくりするほど気が楽になる。
(大丈夫……)
アーヴィング様の大切なものを、僕も同じように大切にする。
ただ、それだけ。
幸い、この事実は僕以外知らない。
だから僕が気づかれないよう克服すれば、誰も傷つけずに済む。
城で1人だった僕を優しく迎え入れてくれた、訓練場の兵士たち。
たくさん邪魔もしただろうに、決して顔に出さず他愛無い話に付き合ってくれた。
そんな兵士たちを、これ以上悲しませたくない。
アーヴィング様も。
「剣が怖い」なんて彼自身を否定するような言葉を吐くのだけは、嫌だ。
これまで心配や迷惑をかけっぱなしだったのに、そんなこと言ってしまったら終わりだ。次こそ本気で失望されてしまう。
(そんなのは…やだ……!)
「っ、落ち着いて……」
僕は、ちゃんと克服できる。
絶対、絶対大丈夫。
大体あの時自ら判断して飛び込んだのは僕だ。
それなのにこうなるなんて、どうかしてる。
自分自身が弱すぎて、本当に情けない。
もうあの時の兵士はいない。世継ぎも間も無く産まれる。
あんな危機迫った状況が起こる事は、無いに等しいはず。
だからーー
(なんとか早めに、このトラウマを乗り越えなければ……)
誰かに見つかる前に、早く。
力を抜けば砕けそうな膝を叱咤して
今日も、目の前の事実と向き合いながら 必死に自身と戦った。
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