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「……なんてね。
紘にとっての幸せは、“苦痛のない”ことではないのなら、仕方がない。こんなにも諦めが悪かったとは、正直自分でも驚いているよ」
困ったものだね、と穏やかに笑う黒澤の目は、最後まで暖かかった。
「随分刺激を与えてしまったから、紘は今日は安静にしたほうが良い。この場所を貸すから、よく話し合いなさい。それからは好きにするといい」
それだけ言い残し、家主はこの家を去った。
取り残された二人の間に、沈黙が落ちる。
「「ごめん」」
あやまったのは、同時だった。
意表をつかれる間に、桃李が続ける。
「いい、違う。俺は、紘の話、全然聞こうとしなかった。信じてるなんて言いながら、ただの一度も」
「だけどそれは」
「違う」
紘が、泣いている。どんな逆境でも泣かなかった紘が。
また俺が、泣かせてしまっている。
「俺は、お前のことなんて、一度も考えてなかった。俺が俺がってそればっかりで」
「そんなこと、」
「あるんだ!あるんだよ!!だって、俺が好きなのはアイツじゃない、お前なんだ!!」
魂を切るような、悲痛な叫び。
「ほんとは、知ってた。昔お前の家で見たんだ、政府からの通達書。見る度捨てて、なのに今度は実物が近くに現れて。だから俺は、お前がどこにも行かないようにって、アイツからお前を遠ざけた」
桃李はずっと、うつむいている。
重なったままの手は震え、俺よりたくましい肩はひどくか弱く見えた。
「怖かった。お前だけは離れてほしくなくて、会わなければずっといて、俺だけを見てくれる筈だって。出会ったら出会ったで、今度は俺がαになればいいって思った。奪ってやる、渡さないって。そう決心してαになって帰ってきたら、ひろはもういなかった。当然の報いだ。お前の幸せのことなんて、一度も考えられなかった」
「桃李……」
「でも、だけど、まだ諦められないんだ。紘の幸せがアイツと共にあるとしても、俺は紘を離せない。なんでも差し出す。なんだってやる。だからお願いだ、いかないで」
ぽたぽたと、落ちた雫が机の上に水たまりを作る。
そっと手を伸ばしてその顔を持ち上げれば、不安に揺れる瞳と目があった。
「好きだよ、桃李。昔も今も、これから先も。俺の幸せはお前といることだ。黒澤もそういってただろ」
「っ、ウソ、だ」
「嘘じゃない。聞いてただろう。俺も、ただずっとお前の傍にいたかった。お前の、桃李の笑顔が見られるならなんだってできると思った」
「……っ、」
ただでさえ零れる涙が決壊した。
ひくひくとしゃくりあげる背を、そっとなぞる。
そこには、至上の快楽も安心感も、なにもない。
けれど、脳みそがおかしくなりそうな多幸感の代わりに、俺が追い求めた静かで穏やかな幸せがある。
「遠回りしたな。俺もお前も」
そっと触れた唇は、塩辛い涙の味がした。
熱の上がるキスの仕方を二人とも知っていて、けれどただ触れては離れて、そんな幼いキスを、ただ何度も何度も繰り返した。
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