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プロローグ《2》
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「お疲れさん」
ふぅ……と息を吐き出していると、すぐ後ろの受付カウンターから声がした。
「……ん」
後ろを軽く振り返りながら、声の主に素っ気なく返事をする。
「次の指名入ってるぞ。三○二号室」
そう言ってオーナーは、俺に顧客のファイルを手渡してきた。大して興味もなく中を覗いて「ああ、こいつか」とすぐにそれを返す。
不意にオーナーの手が、カウンターに近づいた俺の顔に向かってきた。目元に落ちてきていた髪を、その手にかき上げられる。温かい手はそのまま俺の頬を撫で、顔の縁をなぞるように顎へと下りた。
「……なに」
その感触がくすぐったくて、眉間にシワを寄せる。
「顔色悪いな……。今日は休みだったんじゃないのか、またイツキが怒るぞ」
言いつつも、本気で心配なんてしていないのが表情から伝わってくる。
「別にいい」
添えられた手から顔を背けると、オーナーはやれやれと大袈裟に肩を竦《すく》めてみせた。
そんなオーナーを無視して、次の客の相手をするべく、エレベーターへと向かった。
最後の客を見送った頃には、時計の針は深夜二時を示していた。
今日は開店時間から指名が入っていたせいで、さすがに疲れた。
男情館の営業時間は夕方十七時〜朝五時まで。
この時間内ならボーイの好きな時間で客を取ることができる。もちろん、ノルマもあるし、指名されるかどうかは本人次第だ。
客のほとんどはβ。
たまに犯したい、又は、犯されたいΩもくる。
エリート街道まっしぐらのα様は、こんな所にわざわざ男を買いに来るほど暇じゃない。時々、頭のおかしい物好きもいるが。
原則は、αは立ち入り禁止の店だ。
客室のある本館から、渡り廊下で繋がったボーイ専用の寮へと重い足取りで歩いていく。自分の部屋に近づくにつれ、ドアの前に立ちこちらを睨む男の姿が見えた。
「イツキ……」
疲れた頭で男の名前を口にすると、そいつはズカズカとこちらに近寄ってきた。
「レイ! 今日は休めって言っただろ! もう一ヶ月以上働き通しじゃん! こんなんじゃいつ死んでもおかしくないだろバカ!」
「うるさ……」
イツキの声はフロア中に響いた。この階には俺とオーナーの部屋しかないとは言え、近所迷惑もいい所だ。
くどくどと説教を続けるイツキの横をすり抜け、自分の部屋のカギを開けて中へ入る。当然のようにイツキも入ってくるが、もはやいつものことなので無視だ。
「大体、先月体調崩して寝込んだばっかだってのになんで懲りてないわけ? そもそも! この間の発情期のときも、薬飲んで出勤するとか頭おかしいでしょ⁉︎ そんな危ない綱渡るほどお金に困ってないだろ、お前!」
面倒臭いのでさっさと寝てしまおうと、イツキを無視して洗面所で歯を磨く。
イツキはこの店のβの中で、トップの指名率を持つボーイだ。
タレ目がかった目に、ぷっくらとした唇。はっきりとした顎のラインに、一六○センチほどの小柄な身長。上位陣に負けず劣らず可愛い顔をしていると思う。
しかし、ここでは指名率の上位はΩが独占状態だ。数人しかいないΩだが、やはりその希少価値とフェロモンは強力なのだろう。
ここの一番の古株は俺だが、イツキもかなり長く働いている珍しいやつだった。
「どいつもこいつも! なんでオメガには死にたがりが多いんだか……」
歯を磨き終え、ベッドに横になろうとすると、未だにギャーギャー喚いていたイツキが気になることを言った。
「……どいつもこいつもって?」
思わず聞き返すと、イツキは「はぁ」とわざとらしくため息を吐く。
「知らないの? 二日前から新しいオメガの子が入ったんだよ。未成年らしくて、本番はないんだけど。客の要望に従うばっかりでサンドバッグ状態。見てて痛々しいんだよね」
イツキは最後に「レイみたいにね」と嫌味ったらしく付け加えた。
それに「あっそ」とテキトーに返し、あまり興味も湧かなかったのでさっさと布団に入った。イツキはまだ何か言っていたが、疲れていた俺は毛布を頭まで被り目を閉じた。
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