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第四章「好きな香り」《4》
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リビングへと戻ってきた俺をタバコを吹かしているオーナーが出迎える。
あからさまに表情を暗くし言葉を失う俺に、オーナーは「今回はいつもより酷くされたみたいだな」と平然とした顔で言った。
自分の感情を整理したくて、無言のままリビングに置かれた真っ黒のソファに腰を降ろす。すぐ目の前には大きなテレビがあって、その液晶画面に酷く強張った自分の顔が写っていた。
きっと……この感情は“怒り”だ。
こうなる前にレイさんを助けられなかった自分への怒り。レイさんにこんなことをした白川って人への怒り。こうなることを知っていて、誰もレイさんを守らないことへの怒り。
苛立ちを落ち着けるように、「ふぅ……」と深く息を吐き出した。
こんなことになるって知っていたら、意地でも昨日レイさんを引き留めていたのに。
レイさんが起きたとき、俺はどんな顔をすればいいんだろう。込み上げる苛立ちに、グッと眉間にシワを寄せた。
ああ、俺やっぱり、どうしようもなくレイさんが好きだ。
レイさんにこれ以上傷ついてほしくない。レイさんにずっと笑っていてほしい。
湧き上がるいろんな感情に考えを巡らせていると、それまでソファの後ろ側にあるキッチンで、黙ってタバコを吸っていたオーナーが口を開いた。
「……レイは、過去にずっと囚われ続けてる」
その声に静かに顔をあげる。
「俺がレイと初めて会ったのは、九年前。あいつが十五歳くらいのときだ。俺は三十を過ぎたくらいだったかな。まだまだ人生遊び足りなくて、ドラッグとかセックスに明け暮れてるようなときだった」
いつになく真剣な声音で話し始めたオーナーに目を向け、その話に耳を傾ける。オーナーはそんな俺をじっと見つめ返すと、ゆっくりと言葉を続けた。
「レイと会ったのは、凛ヵ館《りんかかん》っていう売春宿だ。あいつはそこで働く娼婦と客との間にできた子どもで、ほとんど軟禁されているような状態だった」
オーナーは遠い目をしていて、昔のことを思い出しているのか険しい表情で言葉を紡ぐ。
「レイを初めて見たとき、まるで人形のようだと思った。そう思うくらい、レイは整った容姿をしていたし、感情なんて無いように大人たちの言いなりだった」
オーナーは新しいタバコに火をつけ、「……ふぅ」と一息、間を置いた。煙が換気扇に吸い込まれていくのを無意識に目で追い、あとに続く言葉を待つ。
「……レイはずっとその店で育ってきた。十八歳のときに母親が死ぬまで、レイはただ犯され、暴力を振るわれ、大人たちに欲望の限りをぶつけられる毎日を送っていた」
淡々と紡がれていく言葉には現実味がなくて、オーナーの話を信じられない気持ちで、ただ黙って聞いた。心臓がドキドキして、嫌な緊張感が手に汗を握らせる。
「あいつはそんな環境で育ってきたから、殴られようが、レイプされようが今更どうってことはない。この道のプロだからな、どんな客の趣向にも上手いこと対応してみせる」
オーナーはまた白い煙を深く吐き出した。でも、その表情はさっきよりも暗くて、苦しそうだ。
「……だが、今回の客だけは違う。レイにとってあの男の存在は、十字架……みたいなもんだ。どんなに嫌がっていても、自分では逃げることができない」
オーナーがじっと俺の顔を見る。
「だから、あいつの味方が……あいつが信頼できる人間が、一人でも多ければ良いと俺は思ってる」
そう言ってオーナーは辛そうに顔を歪めた。俺が口を開こうとしたとき、突然、寝室からレイさんの怒鳴るような声が聞こえて、ビクッと肩を揺らす。
オーナーと一瞬だけ顔を見合わせてから、気付けばレイさんの元へ駆け出していた。
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