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第四章「好きな香り」《5》
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──レイside──
いつから意識がなかったのか、倒れたあと何があったのか覚えていないが、気がついた時にはアオさんも秘書の男も既にいなくなっていた。
見慣れた天井に見慣れた部屋。
オーナーが運んでくれたんだろう。自分の部屋の寝室のベッドだった。
じっとりと汗が背中を濡らしている。どこもかしこも身体中が痛い。腹の中にまだ何かが入れられているような気さえする。
「くそッ……!!!」
情けなさと後悔と苛立ちと……次々に込み上げる感情に思わず声を荒らげた。
叫びすぎて声は掠れてしまっていた。喉も痛い。首も腕も背中も腰も、とにかく全身が引きつるように痛んだ。無理やり身体を起こすと、あちこちから傷が開いたような鋭い痛みが走る。
こんな風に目を覚ますのも正直いつものことだったが、感情がぐちゃぐちゃに絡んで苛立って仕方ない。
衝動のままに壁を殴りつけようと拳を握ると、その前に寝室の扉が開いた。反射的に身体を強ばらせるが、そこから顔を出したのは心配そうな顔をしたリトだった。
「レイさん……?」
リトの声を引き金に、フラッシュバックするように、数時間前のあの男との行為が一瞬で頭の中を駆ける。
「薬ッ……」
言うのと同時にどんどん息が苦しくなって、すぐにそのまま過呼吸に陥った。
「はっ…は、は…ッ」
「レ、レイさんッ」
慌てて駆け寄ってくるリトが、ベッドサイドに置かれていたケースから薬を一錠取り出して手渡してくる。
「ぁ、水……!」
ハッとして水を取りに行こうとするリトの後ろから、ペットボトルが差し出された。オーナーからそれを受け取り、リトに背中を支えられながら薬を飲み込んだ。
「かっ、は…、は…」
吸い込んでも吸い込んでも呼吸は楽にならない。しかし、過呼吸になったことなんて、これまでに何度もある。頭の中はパニックだったが、一方でどこか冷静だった。自分の胸に手をあて、努めてゆっくりと呼吸を繰り返す。
大丈夫、薬は飲んだ。おちつけ。落ちつけ。
妊娠はしない。大丈夫。もうここにあの人はいない。
知らない間に口から垂れた唾液が顎を伝い落ちた。震える俺の背中をリトの手がさする。眉間にシワを寄せてうつむき、長い時間をかけて呼吸を落ち着けていく。
「大丈夫……?」
やがて、呼吸が落ち着いてくると、リトが心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
俺は今どんな顔をしているんだろうか。リトの目に俺はどう写っている?
恐怖に支配され、子どものように取り乱して。きっとさぞかし情けない顔をしているはずだ。
身体の痛みが昨夜の悪夢を繰り返し思い出させる。同時に過去の凄惨な記憶が蘇って、頭がズキズキと締め付けられた。
今にも叫び出して暴れたい気分だった。
胸に当てていた手で首元に触れる。鈍い痛みが首にまとわりついていたが、確かについたままの首輪に静かに胸を撫で下ろした。
大丈夫、噛まれてない……。
あいつと番になんて、絶対になりたくない。
あの男の顔と声が脳内に嫌でも思い浮かんで、吐き気がした。
「レイ、身体は?」
オーナーの言葉に掠れた声で「最悪だ」とだけ返す。
本当に最悪だ。こうして上体を起こして座っているだけでも全身、特に腰が痛い。汗なのか、あいつとの行為の名残りなのか、身体がベタベタとして気持ち悪かった。
悲鳴をあげる身体を無理やり動かし、ゆっくりとベッドから起き上がる。
「レ、レイさん! ダメだよ、寝てなきゃ……!」
焦った顔をしたリトが俺の腕を掴む。掴まれたところにある傷から、ビリッと痛みが走って思わず顔を顰めた。
「ッ……」
「あっ、ごめんなさッ……」
慌ててリトが手を離す。しかし、支えを失った瞬間、膝から力が抜けてガクッと身体が傾いた。幸いすぐにオーナーに支えられ、床に倒れるのは避けられた。
「リト、肩貸してやれ。シャワーを浴びたいんだとよ」
オーナーは俺の行動なんて全て読めているかのようにそう言うと、支えていた手を離しリトに交代する。リトはもう何も言わずに黙って俺の身体を支え、俺も特に何も言わなかった。
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