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第五章「揺れる香り」《4》
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──リトside──
キツく目を閉じてしまったレイさんの背中に、困惑したまま視線を向ける。
急に泣きそうな顔をするから、びっくりした。
俺、なんかマズイこと言っちゃったかな……。
不安に思いつつも、とりあえず空になった食器を下げるために寝室をあとにする。シンクでガチャガチャとお皿を洗いながら、色々なことが頭の中で整理しきれなくてモヤモヤした。
レイさんにはきっと深くて、暗くて、重たい過去があるんだと思う。俺が高校を辞めて働き始めるよりもずっと前から、レイさんは身体を売り続けているんだ。そりゃ、人に知られたくないことの一つや二つあると思う。それを俺が無理に聞き出すのは、何か違う気がする。
レイさんがそれを話してもいいって思えるくらい、俺を好きになってもらうにはどうしたらいいんだろう……。
『なんで俺が好きなんだ?』
あまりにも悲しい顔で言うから、泣き出すのかと思って焦ってしまった。すぐにいつもの顔に戻っていたけれど、もしかしたら俺はレイさんを無意識に傷つけてしまったのかもしれない。
なんで俺はレイさんが好きなんだろう。
アルファでも、運命の番でもない。オメガ同士の俺たちが惹かれ合う理由って何だろう。
濡れた手をタオルで拭きながら、そんなことを悶々と考えていると、突然扉が開いてリビングに知らない男の人が入ってきた。
「え……!?」
「……あれ?」
背が高くて、シュッと細身な人だった。少し長めの黒髪を耳にかけて、長いまつ毛がタレ目っぽい目元に影を落としている。
慣れた様子でリビングに入ってきたその人は、俺と目が合うと首を傾げた。
「ああ、君がリトって子か!」
その人は少し悩んだ顔をしたあと、突然納得したようにうなずいて、どんどんと近づいてくる。そして、俺のすぐ目の前に立ち止まると、興味深そうに顔を覗き込んできた。
「かわいいね」
“美人”と言う言葉がよく似合う顔立ちのその人は、ニコッと目を細めて笑うと、いきなり俺の頭をワシワシと撫でてくる。
「わっ」
俺がびっくりして一歩後ずさっても、男の人は面白そうに笑うばかりだった。
「俺、カオル。レイから聞いてるかな?」
「あっ、オーナーの……!」
ハッとして言うと、「そうそう」とカオルさんは更に笑みを深めた。
「ご飯どうしてるかと思って見に来たんだけど、大丈夫そうだね」
そう言ってカオルさんは俺が洗っていた食器に視線を移す。
「あ、ごめんなさい。俺、勝手に色々使っちゃって……」
「全然いいよ、俺が勝手にここに置いてるだけだから」
優しげな顔で笑ったカオルさんは、「レイはキッチンなんか使わないからさ」と言って微笑んだ。話し方はおっとりとしていて、やわらかい。落ち着いた雰囲気で30代くらいに見えた。
「レイの様子はどう? 今回はいつもより酷かったって聞いたけど」
言いながら、カオルさんはソファの背もたれに腰かけ心配そうに顔を歪める。
「今は寝てます……。でも、体中傷だらけで、痛そうです」
レイさんの辛そうな顔を思い出して、胸が苦しくなった。無意識に視線を落とすと、銀色のシンクに写った自分の情けない顔が見えた。
「リトくんさ……あ、リトって呼んでもいい?」
何かを言いかけたカオルさんの声に、顔をあげる。
「え、ぁ、はい……」
急な言葉にどもりながらも返すと、カオルさんは優しく笑った。
「リトはさ、レイのことどう思う?」
「え?」
脈絡のない言葉に戸惑う。最近、同じことを聞かれてばかりだ。
「レイってさ、何かよくわかんないやつでしょ。人形みたいに綺麗な顔してて、良くも悪くも目立つ髪色で。パッと見た感じ、人とは違う冷たい雰囲気があるっていうか」
カオルさんが穏やかに話すのに、小さく相づちを打つ。
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