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第五章「揺れる香り」《5》
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「でもさ、レイはああ見えて根は優しいし、大人なようで子どもみたいな一面だってあるんだよ」
フッと何かを思い出したように笑ったカオルさんは、胸元で緩く腕を組んで俺を見た。目が合ってドキッとしていると、不意にカオルさんは目を伏せて、僅かに暗い表情を浮かべる。
「……レイに長生きしてほしいんだ」
「……?」
少し下がった声のトーンで紡がれた言葉の意味が上手く理解できなくて、思わず首を傾げてしまう。
「リトは、レイの過去を知りたい?」
「え……」
俺の心を見透かしたようにこちらを見つめるカオルさんから、目が逸らせなかった。
「レイとはもう十年の付き合いになる。アイツのことなら、大体知ってるつもりだよ」
十年……。
十年も前から、この人はレイさんを知ってるんだ。
出会ってほんの数日の俺とは全然違う。俺はレイさんについて、知らないことばかりだ。
知りたい、レイさんのこと。レイさんの過去を知って、もっとレイさんに近づきたい。俺が本気でレイさんを好きなんだって、信じてもらえるように。
でも……。
「俺……」
レイさんのことは、レイさんの口から聞きたい。レイさんが俺に話したくないなら、それでもいい。無理に聞き出して、傷つけたりはしたくない。
「俺は、」
「随分とたのしそうな話してんのな」
俺の言葉を遮るように発された声の主に、カオルさんと二人でパッと顔を向ける。寝室から出てきたらしいレイさんが、壁に寄りかかってこちらを睨んでいた。
「レイさん……!」
バタバタと走ってレイさんに近づく。
「ごめん、うるさかった……? 起きて平気?」
──バチッ。
触れようと伸ばした手が、音を立てて叩き落とされた。何が起きたのか一瞬わからなくて、痛みの走った自分の手を見下ろす。
「触るな」
聞こえた声に反射的に顔を上げると、酷く冷たい瞳と目が合った。
「レイ!」
後ろからカオルさんの責めるような声が聞こえたけど、俺はレイさんが何に怒ってるのかわからなくて戸惑ったまま動けない。
「何しに来たんだ」
「何だよその言い方……」
俺越しにレイさんがカオルさんを睨む。振り返ると、カオルさんは眉間にシワを寄せ、怖い顔をしていた。
不意に、オーナーが言っていた言葉を思い出す。
『……あいつはその話をするのも、されるのも大嫌いだ』
俺、またレイさんを傷つけちゃったのかも……。
レイさんの怒っている理由が思い当たって、申し訳なさに眉尻を下げる。
「レイさん、ごめんなさい。俺なにも聞かないから……横になろう? まだ寝てなきゃ……」
顔色の悪いレイさんは、壁に体重を預けてやっと立っているような感じだった。恐る恐る反応をうかがいながら、そっと肩に触れてみる。けれど、レイさんは苛立ったように眉間にシワを寄せると、鋭い目つきで俺を睨んだ。
「お前、俺のことが好きだと言ったな。……俺は別にお前なんか好きじゃない。いちいち俺の事を詮索してくるな」
「イライラする」と吐き捨てるように言ったレイさんの目が、はっきりと俺を拒絶しているのがわかって、心臓がギュッと苦しくなる。
「……いい加減にしろ」
ショックで固まっていると、後ろから少しの間を開けてカオルさんがそう言い放った。その声は凛と通って広いリビングに響き、数秒の静寂が訪れる。
「レイ。お前、まずこの子に言うことがあるだろ」
カオルさんの言葉の意味がわからなくて、黙ってカオルさんを見つめる。カオルさんはさっきまでのやわらかい雰囲気を潜め、真っ直ぐにレイさんを睨みつけていた。
「傷の手当てをしたり、食事を作ってくれたりしたこの子に、お前が言うべきことは、そんな言葉じゃないだろ」
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