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第六章「過去の香り」《9》
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扉を開ける前から僅かに漂う肉が腐ったような臭いに、レイの背中に冷や汗が滲む。
「レイ、良い? よく見なさい。ここが生きる価値のないオメガの行き着く先よ」
ジュリが躊躇いなく手をかけた扉は、ギギギッと嫌な音を立てながらゆっくりと開いた。
途端に強まる腐敗臭にレイは思わず顔をしかめる。
「ッ………!!」
薄暗い部屋の床に、何かがたくさん転がっていた。それが、人だと理解した途端、レイは大きく目を見開き後ろに後ずさった。
「ここにいるのは、毎月のノルマもこなせないようなゴミばかり。あなたももっと客を取らないとこうなるのよ」
ジュリに背中を強引に押され、レイはバランスを崩して部屋の中へ足を一歩踏み入れた。
近づけばより鮮明に、それが人だとわかる。
「ぁ…ぅ……ぁ……」
微かに聞こえる呻き声と、僅かに動く身体が彼らが生きていることを伝えた。
「他のオメガと馴れ合ってる暇は貴方にはないの」
「ッ………」
恐怖に動けなくなったレイは、さらにジュリに背を押され、中へと足を進める。
薄いシートのような布団の上に、両足や両手が欠けた者、ダルマにされた者たちが転がされていた。
腐敗臭と尿と便が混ざった悪臭が部屋を満たしている。
ふと、レイは横たわっているうちの一人に視線を移した。そこには話したこともなければ、名前も知らない、けれど幼少期から何度も顔を合わせたことのある同い年くらいの少年がいた。
よく見ると少年の両足はなく、太ももの部分に巻かれた包帯には大量の血が滲んでいる。
少年はレイの方へ顔を向け、口をパクパクと動かして何かを訴えていた。
レイは無意識に引き寄せられるようにその少年のそばに近づき、口元に耳を寄せた。
「…ぁ…こ…ろ、…してッ…」
掠れていて、ほとんど聞き取れない声だった。
しかし、レイの耳にはハッキリと聞こえた。
息も絶え絶えとした少年の手が、ゆっくりとレイに向かって伸びてくる。床に膝をついてしゃがんでいたレイの胸元を少年の手が掴んだ。
レイは急に怖くなって後ずさろうとしたが、少年の手は力強く離れようとしない。
やつれて生気のない顔に、鋭い目だけがギラギラと光っていた。
「こ、ろせ………殺せよ……」
「ッ……!!」
少年とは思えないほどの低い声と、殺気のこもった目がレイをすくみ上がらせる。頭が真っ白になったレイは、無我夢中で自分の胸元を掴む手を振り払うと、扉に向かって駆け出した。
しかし、すぐに大きくバランスを崩して床に倒れ込んだ。バタンッと大きな音を立てて転んだレイは、すぐに身体を起こし、自分がつまずいたモノに目を向ける。そして、それが四肢を切断された人間だと気がついて血の気が引いた。
「あ゛あ……」
レイに蹴られた男が、呻き声をあげる。
ゆっくりと顔をあげた生気のない瞳と目が合った瞬間、レイは込み上げた吐き気を抑えきれずにその場に嘔吐した。
「オ゛ェ…、う゛ぁッ……!」
ほとんど食事の摂れていないレイの口から、先程カオルにもらって食べたばかりのカップケーキが無情にも吐き出される。
えずくのと入れ替わりに吸い込んだ腐臭が、レイの肺を満たしていく。それにまた吐き気がこみ上げて、レイの顔は苦痛に歪む。何度もえずきながら、部屋から逃げようと必死になって扉の方へ這いずった。
「こうはなりたくないでしょう? 他のオメガを引きずり下ろしなさい。わかったわね?」
扉のそばに立ったジュリが、感情のこもらない声で言葉を紡ぐ。レイはとにかくこの場から逃げ出したくて、意味もしっかりと理解しないまま、それにコクコクとうなずいた。
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