アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
第六章「過去の香り」《14》
-
レイは近くに寝ていた包帯の巻かれた少年のそばにしゃがむと、その乱れた髪をそっと撫でた。手足はなく、今にも死んでしまいそうなほどに衰弱している。
「ぁ……ぅぁ……」
微かに目を開けた自分よりも幼い顔立ちの少年に、レイは安心させるように小さく笑みを作って見せた。
その頬を涙が伝っていく。
「……ご、めんッ」
絞り出すような震えた声で、レイは名前も知らない少年に向かって何度も謝った。
レイが数年ぶりに涙を流した瞬間だった。
ジュリが死んで、ようやく目が覚めた。
──終わりにしよう。この場所は、どうしようもないほど腐ってる。
それからのレイの行動は早かった。
トップを失ったことで不安定になっていた凛ヵ館の内政を取り仕切り、自分の持っていた十億という大金を使って建物や土地の権利、その他この店のすべてを買い取った。
そして、自分の客の中からある一人の男に目をつける。
数年前からのレイの常連客の一人。“”アサヒ“”という名前の男は、レイを指名してもセックスをしない変わり者だった。
彼は仲間たちと複数人で店を訪れ、それぞれがボーイやガールを指名し行為に耽る中、個室に二人っきりになったレイに身の上話を愚痴った。
数年前に病気になり、二度と勃起も射精もできない身体になったこと。それを仲間たちに知られたくなくて、レイを抱くこともできないのに店に足を運んでいること。
レイはそんなアサヒに、これまでの出来事を全て話した。
アサヒを信用するのはレイにとって賭けだったが、彼は社会的に権力を持っており、裏社会の人脈も広い。何より発情しないαという存在は、レイにとって都合が良かった。
アサヒは酷く辛そうな顔をしながらも、レイの話を黙って最後まで聞いた。そして、レイが密かに立てていた計画を聞き、「まぁ……やってみるか」と力を貸してくれた。
レイは、凛ヵ館に在籍している全てのΩに解雇通知を出した。
行く宛てのない者、戸籍も働き口もない者、借金に追われる者。そんな彼ら全員に、これまで客との間に築き上げてきたコネを使って、最低限必要な社会的地位と住む場所、仕事、しばらくの間生活に困らないだけの金を渡した。
その資金は全て、レイが他のΩを蹴落とし、身体を売って稼いだお金だった。
そして、手足を失ったΩたちを保護するために、専用の施設を建て、医療機関の整った環境で最期まで生きられるように支援した。
「……こんなことをしても、あいつらは俺を許してくれないだろうな」
建て替え工事が行われ、壊されていく凛ヵ館を見ながら、レイはアサヒと目を合わせないまま寂しそうに呟いた。
「一生、恨まれたままだ」
何も返さないアサヒを気にした様子もなく、レイは瓦礫になっていく建物を見つめながら、けれどどこか吹っ切れたようにそう言って、静かに息を吐き出した。
レイの十八年にわたる長い悪夢のような時間は、ジュリの死をきっかけに急速に終わりを迎えた。
凛ヵ館のあった場所に新しく建てられた建物は、“男情館(なんじょうかん)”と名付けられた。
オーナーとしてアサヒが店の経営を取り仕切り、レイのこれまでの客を数人だけ引き継いで、Ωが安全にお金を稼ぐことを目的とした新しい娼館が営業を始めた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
68 / 119