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第六章「過去の香り」《16》
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何も知らないでのうのうと一緒に過ごしていた自分が恥ずかしい。
なんて言っていいかわからなくて、頭の中で必死に言葉を探す。でも、何を言ったところで今のレイさんには届かないような気がして、長いまつ毛が深く影を落とす横顔を見つめることしかできない。
カオルさんも俺も、何も言えなかった。気まずい空気が部屋を満たすと、不意にレイさんは背もたれから身体を離し、俺と向き合うようにソファに座り直した。そして、何かを決心したかのように俺を見る。
「お前のことを、俺はたぶん好きなんだと思う」
「ッ……」
真剣な表情と、予想外の言葉に思わず目を見開く。
「でも、お前とどうこうなって幸せになりたいわけじゃない。お前の借金は、俺が全部返してやる。だからお前、ボーイ辞めてここから出ていけ。今ならまだ引き返せる」
ハッキリとした口調でそう言われ、動揺よりも先にカーッと怒りが湧き上がった。
「なに、それ……。確かに俺はボーイには向いてないかもしれない。でも、お金なんかいらないよ。そんな理由でレイさんを好きだって言ったんじゃない!」
さっきまであんなに言葉を探していたのに、自分でも驚くくらい感情が溢れて、気づいたら怒鳴っていた。レイさんの言葉に腹が立って仕方ない。
「俺はレイさんと一緒にいたい。レイさんと一緒なら、生きていきたいって思ったんだよ! 俺は本気だよ。そのためなら、またレイプされたって良いと思ってる!」
俺の言葉に、レイさんは顔色を変えて俺を睨んだ。
「お前……自分が何言ってるかわかってるのか?」
こんなに怒ってるレイさんを見るのは初めてだ。あまりの剣幕に思わず泣きそうになって、グッと手を握りしめた。
レイさんは俺から視線を逸らさないまま、眉間にシワを寄せ顔を歪める。
「……俺じゃなくてもいいだろ。お前は初めて会った自分と同じオメガの俺に、親近感が湧いてるだけだ。すぐに俺のことが恋愛の意味で好きなわけじゃないって……気のせいだったって気が付く」
心臓がギュッと痛くなる。俺がこんなにレイさんのことを想う気持ちが、全部“気のせい”なんて言葉で片付けられた。
レイさんが大切で、心配で、愛おしくて堪らないと思うのに、俺の気持ちは……レイさんにとって気のせいでしかないの?
何だか目の前が真っ暗になった気分だった。
「……そんな風に思ってたんだ?」
ダメだ、また泣きそう。
胸の中がぐちゃぐちゃだ。
「俺は確かにバカだけど、レイさんの方がよっぽどバカだよッ! 俺の気持ち何にもわかってない……!!」
言いながらまた涙が出てきて、ボタボタとソファを濡らしていく。レイさんをキッと睨んだけど、レイさんは真剣な顔のままだった。
「ぅッ…ひっ、く…ッ……」
泣きたくなんかないのに、全然涙は止まってくれなくて、込み上げる嗚咽を抑えられない。
俺、こんなに泣き虫じゃなかったのに……。レイさんといると、泣いてばっかりだ。
不意に頭を撫でられ、うつむいていた顔を上げる。それまでずっと黙っていたカオルさんの手だった。
「……レイ、もう楽になんなよ。お前は自分が開放される方法は“死”しかないと思ってるけど、別に死ななくったって、お前は自由になれるんだよ。自分の顔を見るたびに……客に抱かれるたびに、過去を思い出して自分を責めるお前を、俺はもう見たくない」
カオルさんの声が凛とリビングに響いて、レイさんを諭す。
「例えお前が自分を許せなくても、リトはお前を許してくれるよ」
見上げたカオルさんの顔は、すごく寂しそうだった。
「わかったように言うなッ!」
レイさんの怒鳴り声にビクッと肩が跳ねる。
驚いてレイさんの方を見ると、目が合ったレイさんはハッとしたように顔をしかめた。
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